(前回から読む) 木下一夫(仮名)が男子学生専用のアパートを経営し始めて20年以上が過ぎた。親代わりと言えるほどの大げさなことは、何もしてあげられない。でも「大家」という立場で学生たちに何がしてあげられるのか、木下はずっと考えてきた。 昭和58年に建てた鉄筋2階建てのアパートには、6畳のワンルームにユニットバス付きの部屋が26室。今年の春も、社会へと巣立っていった4年生の部屋が空き、新たに新1年生が入居した。 入学式の朝、1年生たちが木下のもとを訪ねてきた。「ネクタイを結んでもらえませんか……」。ほとんどの学生は、まだネクタイもうまく結べない。でも、当然だ。彼らは、つい1ヵ月前まで高校生だったのだから。初めてのスーツ、初めてのネクタイ、初めての一人暮らし。木下は、一人ずつのネクタイを丁寧に結んでやる。 ネクタイを結び終えた後は、恒例の記念撮影がはじまる。一人ひとりの写真と、1年生みんなでの