日本武術神妙記 中里介山 序文 これは御覧の通り日本武術の名人の逸話集である、創作ではない、取り敢えず著者所蔵本の一 部分から忠実に抜き集め、それを最も読みよきように書き改めたまでであるから著というよりも 編ということが、ふさわしいかも知れない、併しそれにしても相当の頭脳を使い取捨の労を加え たことに於て必ずしも著作に劣らない労力を要した、そこで著と称しても潜越ではないと考えら れる処がある。 ここに日本武術とはいうけれどもこれは所謂《いわゆる》武術の「流派」というものが定まった時代から出 発しているので、つまり足利の末、徳川の初期の間に筆を起して最近幕末明治にまで及んでいる。 本来日本は武術の天才国である、それは建国以来の国風であって、その間に箇人としても驚嘆 すべき幾多の武術的天才を生んでいるが、武術というものが科学的組織に成功したのはこの「流 派時代」に始まるといっ