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阿修羅原の検索結果1 - 40 件 / 53件

  • 奢り奢られ論争について。(マイナビアンケートを追記) - はてブの出来事

    奢り奢られ論争について俺もメモしとこう。 やはりリサーチ。リサーチが全てを論破する 俺はどうなのか? 例の増田vsヨッピーについて ブコメを受けてマイナビのアンケートを追記 アンケートを踏まえての結論 やはりリサーチ。リサーチが全てを論破する こういうのってn=1で「俺の周りでは全員こうなんだが?」を主張し合ってもらちが明かないのね。今回俺がひでーなと思ったのは yoppymodel.hatenablog.com 「男性が奢るべきだと思いますか」 「年上が奢るべきだと思いますか」っていう設問ではなく、 「男性に奢られたら嬉しいですか」 「年上に奢られたら嬉しいですか」 「男性に奢られると嫌な気持ちになりますか」 「年上に奢られたら嫌な気持ちになりますか」っていう純粋に嬉しいか嬉しくないかを問うアンケート取ったら一発で答えが出ると思うよ。 と、アンケート取らずに主観で断言しちゃうヨッピー。こ

      奢り奢られ論争について。(マイナビアンケートを追記) - はてブの出来事
    • 「飲みニケーション」とか言い出すのは『天龍源一郎 酒羅の如く』を読んだ後でも遅くない | マンバ通信

      『天龍源一郎 酒羅の如く』 皆さん、「飲みニケーション」って好きですか。筆者は嫌いです。COVID-19で飲み会とかやってる場合じゃないよとなる前から嫌いです。どれくらい嫌いかというと、前々々職の会社で「会社創立60周年記念飲み会をやるので全員参加」と言われて拒否り、「仕事の一環なので拒否は認められない」と言われたので飲み会の日の有休申請出したら社長室に呼び出されて「この日は有休は認められない」「ワシゃ、前に『用事がある』と言って断ったのに『カタいこと言わないでよ〜どうせ大した用事じゃないんでしょ〜』と言って無理矢理飲みにつき合わせた役員◯◯氏と二度と酒席を共にしたくないんじゃ。だいたい仕事の一環というなら残業手当を出せ」と社長と怒号混じりで言い争った挙げ句、会自体には参加したけどそのあと会社は辞めたという程度には嫌いです。気のおけない友人との飲み会はそりゃ好きですけど、職場の飲み会に強制

        「飲みニケーション」とか言い出すのは『天龍源一郎 酒羅の如く』を読んだ後でも遅くない | マンバ通信
      • 【龍魂激論⑤中編】天龍が没後20年の新証言「鶴田最強説」 | 東スポWEB

        ブルドッキングヘッドロックも器用にこなした鶴田。天龍(右)は「どれだけ本気にさせるかが勝負だった」と振り返った(83年4月20日、東京体育館) 【天龍源一郎vsレジェンド対談「龍魂激論」(5=中編)】「最強」と呼ばれた全日本プロレスの元3冠ヘビー級王者・ジャンボ鶴田さん(享年49)はどれほど強かったのだろうか。ミスタープロレス・天龍源一郎(70)がホスト役を務める「龍魂激論」では今回、鶴田さんを若手時代から知る和田京平名誉レフェリー(65)、後輩の秋山準(50)とともに、今年で没後20年を迎える故人の思い出を振り返った。中編では「鶴田最強説」の意外な真相に迫る。 ――天龍さんは「鶴田最強説」の理由は一生懸命やらなかったからだと 和田レフェリー(以下和田):練習してるのは見たことがないね。 天龍:秋山選手はレスリングやってたから分かると思うけど、190センチの人間が180センチの人間とやると

          【龍魂激論⑤中編】天龍が没後20年の新証言「鶴田最強説」 | 東スポWEB
        • 48年前の名勝負を支えた伝説のラガーマン「阿修羅原」の生き様 | FRIDAYデジタル

          ラグビー日本代表からプロレスラーへ 阿修羅・原を知っているか。没後4年、享年68、そう書き出してもおかしくはないだろう。それはそれはタフなプロレスラーだった。作家の野坂昭如の命名である「阿修羅」の字の並びが精悍にして剛毅な風貌にふさわしかった。1994年にリングから退いた。 原進を知っているか。こちらは、はっきりとそう記そう。ずいぶん昔の英雄なのだから。いろいろあってプロレスの世界へ去るまで、長崎の諫早に生まれた頑健な人物は日本代表のラグビー選手であった。ポジションはスクラム最前線のプロップである。1976年秋、ふいにグラウンドに別れを告げた。 怪力。なのに俊足。そして辛抱強かった。キャリアのハイライトは、1971年9月、あのイングランド戦である。24日の大阪・花園での初戦は19−27。4日後の東京・秩父宮における再戦はともにノートライの3−6。史上初めて強豪国とぶつかったジャパンの大善戦

            48年前の名勝負を支えた伝説のラガーマン「阿修羅原」の生き様 | FRIDAYデジタル
          • 【龍魂激論⑦前編】前田日明が天龍と明かす「全日移籍話」 馬場さんと赤坂のホテルで交渉し… | 東スポWEB

            【天龍源一郎vsレジェンド対談「龍魂激論」(7=前編)】ミスタープロレスこと天龍源一郎(70)がホスト役を務める「龍魂激論」の今回は“格闘王”ことリングスCEOの前田日明氏(61)が登場だ。現役時代は交わることがなかった両雄が、本紙紙上で夢の“対決”。3回にわたってお届けする前編では、新日本プロレスと全日本プロレスを代表した2人がお互いのプロレス観を正面からぶつけ合い、UWF、リングスで一時代を築いた前田氏が幻の全日本移籍秘話を明かした。 天龍:お久しぶりです。体が大きくなったんじゃない? 前田氏(以下前田):内緒ですけど、過去最高に近いですね(笑い)。 天龍:ジャンボ(鶴田)は最盛期に138キロあったなあ。 前田:えっ、138キロもあってあれだけ動けたんですか。すごいなあ。 ――最後まで戦う機会がなかった大物同士です 天龍:ジャイアント馬場さんから直接聞いたんですけど、前田選手は新日本か

              【龍魂激論⑦前編】前田日明が天龍と明かす「全日移籍話」 馬場さんと赤坂のホテルで交渉し… | 東スポWEB
            • 『書評の星座』が話題の吉田豪氏、プロレス・格闘技に触れた原点を語る

              2020年2月下旬に刊行されて発売2日目にして重版決定となり、コロナ禍でその後は一般的となったオンラインイベントを当時としては先駆けで急きょ実施するなど話題となった『書評の星座――吉田豪の格闘技本メッタ斬り2005-2019』(発行:ホーム社/発売:集英社)著者の吉田豪さん。 その『書評の星座』の第二弾が早くも企画されているという。いまやアイドルやタレント、漫画家から政治家まで幅広く“プロインタビュアー”として切り込み活躍している吉田豪さんが、そもそも世に出るきっかけとなったプロレス・格闘技のフィールドにいかにして足を踏み入れるようになったのか。著者にしては非常に貴重な「自分語り」となっている、本書収録の書下ろしコラムの一篇を特別に公開しよう。 「今回、単行本用の書き下ろしコラムを3本頼まれたから、せっかくなのでめったにやらない自分語りでもしてみようかと思う。 ボクは子供の頃からスポーツの

                『書評の星座』が話題の吉田豪氏、プロレス・格闘技に触れた原点を語る
              • 榎本三恵子 - Wikipedia

                榎本 三恵子(えのもと みえこ、1948年7月4日 - )は、田中角栄元総理大臣の筆頭秘書官、榎本敏夫の元妻、元タレント。旧姓、細田。長男は元東京都北区議会議員の榎本一(はじめ)[1]。 1981年10月28日、東京地方裁判所で開かれた戦後最大の疑獄事件と言われるロッキード裁判丸紅ルート公判で検察側の証人として出廷、田中角栄被告の5億円受領を決定的に裏付ける内容の証言を行い、日本中を騒然とさせた。また記者会見でのマスコミとのやりとりから出てきた「ハチの一刺し」という表現が話題になり流行語にもなった。その後、突然雑誌に自身のヌード写真を披露したり、タレントや女優に転身してバラエティ番組やテレビドラマに出演したりと様々な話題を提供した。身長は171センチの長身でその美貌も当時、話題となった[注釈 1]。 経歴[編集] 生い立ち[編集] 1948年7月4日、富山県滑川市に兄一人、姉一人の末っ子と

                • 「天龍のカネの使いっぷりはハンセン&ブロディが『SAVE MONEY』とよびかけ、ホーク・ウォリアーが貯蓄法を忠告するレベル」 - INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

                  タイトル、「ガンジーが助走つけて殴るレベル」みたい慣用句になるわ! ……あとプロレスで教えられたことといえば、外国人レスラーから殊更言われたのが将来のために「金を残せ」だ。スタン・ハンセンとブルーザー・ブロディなんか、わざわざレフェリーを通して「Save Money」って言ってくるほど、俺の金の使い方がよほど目に余ったんだろう。 二人にはなにかにつけて「ちゃんと金を残しておけ」と言われたけど、言われれば言われるほど反発して使っちゃうのが俺だからね(笑)。ハンセンとブロディは「居酒屋の『村さ来』が安くて、うまくて、最高だ」って喜んでいるから、俺とは金銭感覚が合わないんだよ! ホーク・ウォリアーにも「どうやったら金が貯まるんだ?」って聞いたら「稼いだ以上に使わなければ残る」だって。今思えば、正しいのはハンセンたちだったんだとよくわかるよ。ホークの言ったこともね(笑)。 (略)…ロレスラーは下の

                    「天龍のカネの使いっぷりはハンセン&ブロディが『SAVE MONEY』とよびかけ、ホーク・ウォリアーが貯蓄法を忠告するレベル」 - INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-
                  • 解雇された水原通訳は最後「まさにヤケクソ!どうにでもなれ」という心境だったのだろうか - INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-

                    「水原は解雇しました! いい通訳でしたけど……」 まさにヤケクソ!どうとでもなれという心境 プロレス地獄変・阿修羅原わざわざ記事にすることねぇな、これ。 増補DX完全版 劇画 プロレス地獄変 作者:原田 久仁信宝島社Amazon 今回の大谷さんの話とは関係なく(いやないこともないですが)ですが、ふと思ったので。 一般的に、アスリートが有名になり始める年齢は18-24歳あたりで、そこで以下のようなことが起こります。 ・先輩や昔の同級生が保険を売りにきたり、お金を貸して欲しいとお願いされる。…— 爲末大 Dai Tamesue (@daijapan) March 21, 2024

                      解雇された水原通訳は最後「まさにヤケクソ!どうにでもなれ」という心境だったのだろうか - INVISIBLE D. ーQUIET & COLORFUL PLACE-
                    • 天龍さんが語る“盟友” 「石橋貴明、見てた?」輪島さんはミーハーだけど憎めない! | AERA dot. (アエラドット)

                      天龍さんが語る“盟友” 「石橋貴明、見てた?」輪島さんはミーハーだけど憎めない! 70歳からのはっけよい! 天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ(撮影/写真部・掛祥葉子) 父の日に花束をもらって笑顔!(天龍源一郎公式インスタグラム@tenryu_genichiroより)天龍プロジェクトpresents「SURVIVE THE REVOLUTION Vol.6」7月7日(水)OPEN18:30/GONG19:00/新木場1stRING (東京都江東区新木場1-6-24)/チケット料金(前売りチケット)特別リングサイド(1.2列目)…6000円/指定席(3列目以降)…5000円※当日券は500円UP/チケットはこちらhttps://www.tenryuproject.jp/product/47 日本全国どこからでも会場の熱気そのままにお楽しみ頂ける生配信!ログイン方

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                      • レコードにゾッコンLOVEなウェブマガジン ドーナツマガジン by リバイナル

                        サイン蒐集家ゴベの『サイン入りレコード A to Z』番外編 SUPER JUNKY MONKEY「R.P.G / IF」 7インチ発売決定 SUPER JUNKY MONKEY「R.P.G / IF」 7インチ発売決定 2019年9月30日 SUPER JUNKY MONKEYのマネジメントを担当する3rd Stone From The Sun LLCの小林由紀夫社長からメールが届いた。「ソニー・ミュージックダイレクトからのオファーを受け、SUPER JUNKY MONKEYの7インチを作ることになったので、その収録曲をメンバー3人と一緒に考えて欲しい。4分45秒以内の楽曲をAB面に1曲ずつ収録するので、アナログ盤が存在する『あいえとう』以外の作品の中から何曲か候補を挙げてもらえないだろうか?」とのこと。なんと光栄な! もちろん引き受けさせていただくことに。 2ヶ月前(2019年7月)か

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                        • 「飛龍革命」①〜1988 藤波のドラゴン滑舌を解析します

                          今ではお笑いネタとしての方が有名な「飛龍革命」。 今回は、数多くの方が挑んで解明できなかったその有名なやりとりの解析と、その前後になにがあったのか、藤波が成し遂げた意義についてまでを、新日プロ事件シリーズとして、大真面目に取り上げます。 ◆飛龍革命とは? 1988年4月22日 沖縄県立奥武山公園体育館。 新日プロの試合後控え室で、藤波辰巳(当時。現 辰爾)がアントニオ猪木に対して初めて意を唱え「エースの座を譲れ」と直談判する事件が起こりました。それが世に言う「飛龍革命」です。 この日のメインイベントは、アントニオ猪木 藤波辰巳VSマサ斎藤 ビックバンベイダーのタッグマッチ。結果は防戦一方の猪木を庇った藤波がフォールをとられ、猪木組の惨敗でした。 試合後の控え室になぜTVカメラが入っていたのかは今もって謎です。そして、この時のやりとり、特に藤波が猪木に対して発した言葉が、持って生まれた滑舌の

                            「飛龍革命」①〜1988 藤波のドラゴン滑舌を解析します
                          • 十三回忌を迎える三沢光晴さん 結婚スクープの記者が回顧する波瀾万丈の人生

                            2009年に亡くなった三沢光晴さんの十三回忌(6月13日)を前に「メモリアル大会~Forever in our hearts~」(5月31日、東京・後楽園ホール)が行われた。 2009年に亡くなった三沢光晴さんの十三回忌(6月13日)を前に「メモリアル大会~Forever in our hearts~」(5月31日、東京・後楽園ホール)が行われた。 三沢さんの入場テーマ曲が流れ、武藤敬司、丸藤正道が三沢さんへの想いを語り、三沢さんの勇姿がスクリーンに映し出された。その度に大きな拍手が巻き起こる。すぐそこに三沢さんが一緒にいる気がしたのは私だけではあるまい。 リング上で倒れ、そのまま亡くなる。何とも悲しい出来事だったが、「伝説の男」三沢光晴は永遠に語り継がれる。 実際、三沢さんの話は今でもよく出る。リング上もリング外も魅力的な人物だった。「あの命知らずのファイトは、すごかった」「男気あふれる

                              十三回忌を迎える三沢光晴さん 結婚スクープの記者が回顧する波瀾万丈の人生
                            • プロレスラーの妻に焦点を当てるノンフィクション 「妻たちのプロレス 男と女の場外バトル」を出版するターザン山本にインタビュー | SPICE - エンタメ特化型情報メディア スパイス

                              プロレスラーの妻たちに焦点を当てたノンフィクション『妻たちのプロレス 男と女の場外バトル』が8月26日、河出書房新社より発売される。この本は福留崇広と週刊プロレスの元編集長ターザン山本の共著。取り上げられるレスラー夫婦は、力道山&田中敬子、髙山善廣&奈津子、剛竜馬&八木幸子、葛西純&三知代、藤波辰爾&伽織、ジャイアント馬場&元子の6組と多種多彩(敬称略)。あらゆるタイプのレスラー、夫婦が網羅されているだけに興味深い。そのなかでターザンは剛竜馬、ジャイアント馬場の夫婦について執筆した。福留が直球勝負のノンフィクションなら、活字プロレスの第一人者ターザンは“らしい”人選で読む者の想像力を掻き立てる。果たしてどんな本ができあがったのか。このインタビューは、『妻たちのプロレス』、略して妻プロ旗揚げに向けての予告編だ! (敬称略) ――もともと山本さんのなかに、レスラーの奥さんに書こうという発想はあ

                                プロレスラーの妻に焦点を当てるノンフィクション 「妻たちのプロレス 男と女の場外バトル」を出版するターザン山本にインタビュー | SPICE - エンタメ特化型情報メディア スパイス
                              • 「阿修羅・原を解雇しました」天龍源一郎と最強タッグ出場、川田利明“大抜擢”のナゼ?「デビュー205連敗」の男が全日本の救世主になるまで(Number Web) - Yahoo!ニュース

                                「全日本プロレスは昨日付けで阿修羅・原を解雇しました」 今から35年前。1988年の掉尾を飾る全日本プロレス「’88世界最強タッグ決定リーグ戦」開幕戦の11.19足利市民体育館大会。当時、(関東地方で)毎週土曜日夜10時30分から放送していた日本テレビ『全日本プロレス中継』は、通常番組開始と同時に「日本テレビスポーツのテーマ」をバックに試合のダイジェストが流されていたが、この日は重苦しい雰囲気の中、総帥ジャイアント馬場が記者たちに向かって「阿修羅・原解雇」を伝える衝撃的な映像から始まった。 【写真】ジャイアント馬場の付き人だった若き日の川田利明、見たことある? ハンセンとバチバチのやり合い、2代目タイガーとの2ショットも。この記事の写真を見る。 多くの視聴者がテレビの前で唖然とする中、馬場は「生活態度というのが(問題があり)、今後会社なり多くの人たちに迷惑をかけることをやりかねないんでね。

                                  「阿修羅・原を解雇しました」天龍源一郎と最強タッグ出場、川田利明“大抜擢”のナゼ?「デビュー205連敗」の男が全日本の救世主になるまで(Number Web) - Yahoo!ニュース
                                • アンドレにケンカを売った真相、ブッチャーとの仲間割れをバッドニュース・アレンが明かす…新日本プロレス歴史街道50年(46)【週刊プロレス】 | BBMスポーツ | ベースボール・マガジン社

                                  アンドレにケンカを売った真相、ブッチャーとの仲間割れをバッドニュース・アレンが明かす…新日本プロレス歴史街道50年(46)【週刊プロレス】 長州力、阿修羅・原がスタン・ハンセンのウエスタン・ラリアットを最も受けたレスラーなら、バッドニュース・アレンはアントニオ猪木の延髄斬りを最も浴びたレスラーだろう。その点では、銀幕の世界でいう“助演男優賞”的な存在。 その一方でアレンは、リング外でもさまざまなエピソードを残している。そんな様々なエピソードに関して本人に直撃。20年前、旗揚げ30周年特別企画としてカナダ・カルガリーで行ったインタビューで語ったアレンの言葉を再録。 ※2002年5月16日発売のプロレス専門紙に掲載。リングネーム、団体名などの表記は当時のもの。 ――あのアンドレ・ザ・ジャイアントにケンカを売ったこともあったとか? アレン よく知ってるね(笑)。毎日毎日、あまりにバカにしたことを

                                    アンドレにケンカを売った真相、ブッチャーとの仲間割れをバッドニュース・アレンが明かす…新日本プロレス歴史街道50年(46)【週刊プロレス】 | BBMスポーツ | ベースボール・マガジン社
                                  • ラガーマン:阿修羅・原 - 安威川敏樹のネターランド王国

                                    阿修羅・原はどんなラガーマンだったのか? ラグビーの解説付き! 週刊ファイトにコラムを書きました。 無料記事のため、どなたでも自由に読めます↓ miruhon.net

                                      ラガーマン:阿修羅・原 - 安威川敏樹のネターランド王国
                                    • 【玉袋筋太郎 玉ちゃんの酔滸伝】昭和プロレス好き必見の動画に大興奮! 幻のプロレス団体「国際プロレス」(1/2ページ)

                                      5月に入りました。例年ならばゴールデンウイークで海外や国内の観光地などに行く人でごった返しているはずなんですが、今年は外出自粛でどこもガラ~ンとしてコロナ拡大を防ぐ日本なのです。 私も自宅に籠もりっきりで、現在仕事は金曜日のTBSラジオの「たまむすび」、そしてこの夕刊フジの「スナック酔滸伝」のみの運行になっています。濃厚接触を中心とした芸能活動だったので、こうなるのも仕方ありませんので家で過ごしています。 家で何をしているか。これも最初の1週間は「せっかく家にいんだから普段やらないことをしよう」と、トイレやお風呂や台所の水回りの掃除をガッツリやりました。トイレはピカピカ、お風呂も新築時代を思い出すほどの仕上がり、台所は「ここはショールームか?」と思うほどキレイになりました。しかしそれも飽きてしまい、現在は元のもくあみ状態です。 だったら今度は所持しているDVDボックスを見ようと、昭和の幻の

                                        【玉袋筋太郎 玉ちゃんの酔滸伝】昭和プロレス好き必見の動画に大興奮! 幻のプロレス団体「国際プロレス」(1/2ページ)
                                      • '81世界最強タッグ決定リーグ戦・第5戦から第8戦 - 昭和の全日本プロレス

                                        全日の旗揚げからG馬場三回忌追悼興行までの記録です。当ブログの記事や画像を、ブログ等にそのまま転載する行為は禁止します。 第5戦、12月1日浜松市体育館 観衆4800人 タッグ・リーグ戦 45分1本勝負 ドリー・ファンク・ジュニア(1-0)ザ・シーク テリー・ファンク         マーク・ルーイン ①ファンクス(12分53秒反則勝ち)シーク組 ドリーがシークへスピニング・トーホールド。これをシークは凶器攻撃で逃げ、凶器攻撃を制止するレフリーに対しても凶器攻撃を加え反則負け。 タイガー・ジェット・シン(1-0)バロン・フォン・ラシク 上田馬之助          キラー・カール・クラップ ①シン(6分20秒リングアウト)クラップ シンのキックでクラップが場外転落。シンが追いかけ凶器突き、ダウンするクラップを残しリングに戻り勝利。 グレート小鹿(1-0)天龍源一郎 大熊元司      阿修

                                          '81世界最強タッグ決定リーグ戦・第5戦から第8戦 - 昭和の全日本プロレス
                                        • 昭和プロレスを巡る謎(雪崩式ブレーンバスターをめぐる空白の一日)

                                          プロレスには謎がある 「プロレスは底が丸見えの底無し沼」 これは、週刊ファイトの名物編集長I編集長の名言の一つです。 この言葉が示すように昭和プロレスには、大きな謎を示した試合がいくつか存在します。 今回は、その内の一つを紹介します。 阿修羅原の帰国と新必殺技「雪崩式ブレーンバスター」 1981年4月に、国際プロレスの期待の星「阿修羅原」が米国修行から帰国することになりました。当時国際プロレスは、テレビ中継を打ち切られていて瀕死の状態で、最後の一抹の希望がこの阿修羅原の帰国だったわけです。 アメリカで肉体を大きくヘビー級に改造した原は、新必殺技を携えて帰国することになりました。それが「雪崩式ブレーンバスター」です。 具体的に説明すると、相手を一旦抱えてコーナーポストに載せて、自分はコーナーの二段目に足を載せてブレーンバスターをかけるというものです。 今でこそ、雪崩式は珍しくない技ですが、当

                                            昭和プロレスを巡る謎(雪崩式ブレーンバスターをめぐる空白の一日)
                                          • 邪道&外道デビュー20周年記念インタビュー[前編]=新日本プロレス - スポーツナビ

                                            30日に東京・後楽園ホールでデビュー20周年記念興行「GET OUT OF MY WAY 〜JG20FTW〜」を開催する邪道&外道。FMW、WARなど多くのインディー団体を渡り歩き、現在は新日本プロレスで活躍する2人のタッグワークは“世界最高峰”と称され、試合巧者ぶりを存分に発揮している。 そこでスポーツナビでは邪道&外道を直撃し、2部構成でインタビューをお届け。波乱万丈に満ちたプロレス生活20年、8.30後楽園大会の見どころはもちろん、試合中に何を考え、どう動いているのか――。2人にしか体現できない至高のプロレス技術論も語られている。 ――まず20周年を振り返って長かったですか? アッと言う間ですか? 邪道 アッと言う間といえばアッと言う間だし、長いといえば長いですよね。波乱万丈ですから。 外道 そうですね、そんな感じですね。いろいろあって短かったといえば短かったし。 ――パッと振り返っ

                                              邪道&外道デビュー20周年記念インタビュー[前編]=新日本プロレス - スポーツナビ
                                            • 鶴龍対決 - Wikipedia

                                              鶴龍対決(かくりゅうたいけつ)とは、日本のプロレスラーであるジャンボ鶴田と天龍源一郎の、1987年からスタートした一連のシングル対決の呼称。同年3月までタッグを組んでいた2人のコンビ名が鶴龍コンビ、または鶴龍砲と呼ばれていた事に由来する。天龍が全日本プロレスを離脱する1990年まで、全日の看板カードだった。 来歴[編集] 1987年、長州力らジャパンプロレス勢が全日との契約を一方的に破棄して新日本プロレスに復帰。全日が以前のようなアメリカン・スタイルのプロレスに戻ることに納得できなかった天龍は阿修羅・原と組んで龍原砲を、さらにこの2人の姿勢に共感した川田利明、サムソン冬木、北原辰巳、天龍の付き人の小川良成が加わり天龍同盟を結成し、鶴田との対決姿勢を打ち出した天龍とのシングル対決がスタート。 戦歴[編集] 第1戦 1987年8月31日 日本武道館 天龍がリングアウト勝ち 第2戦 1987年1

                                              • 天龍さんが語る“盟友” 阿修羅・原の朝鮮人参酒事件とロッキー羽田への35年越しの謝意 | AERA dot. (アエラドット)

                                                天龍さんが語る“盟友” 阿修羅・原の朝鮮人参酒事件とロッキー羽田への35年越しの謝意 70歳からのはっけよい! 天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ(撮影/写真部・掛祥葉子) 話題の番組「クイズ!脳ベルSHOW」に出演した時のひとコマ (天龍源一郎公式インスタグラム@tenryu_genichiroより)天龍プロジェクトpresents「SURVIVE THE REVOLUTION Vol.6」7月28日(水)OPEN18:30/GONG19:00/新木場1stRING (東京都江東区新木場1-6-24)/チケット料金(前売りチケット)特別リングサイド(1.2列目)…6000円/指定席(3列目以降)…5000円※当日券は500円UP/チケットはこちらhttps://www.tenryuproject.jp/product/47 日本全国どこからでも会場の熱気その

                                                  天龍さんが語る“盟友” 阿修羅・原の朝鮮人参酒事件とロッキー羽田への35年越しの謝意 | AERA dot. (アエラドット)
                                                • 【お笑い】『四千頭身』コロナ禍で収入激減したと明かすも疑問の声!「実力がバレただけ」「バブルみたいなものだった」 : NEWSOKU

                                                  2021年07月11日07:52 カテゴリ芸能テレビ 【お笑い】『四千頭身』コロナ禍で収入激減したと明かすも疑問の声!「実力がバレただけ」「バブルみたいなものだった」 編集 1: 名無しさん 2021/07/08(木) 22:59:18.36 ID:CAP_USER9 https://myjitsu.jp/archives/291349 『四千頭身』収入激減の理由を明かすも疑問の声…「実力がバレただけ」 7月4日放送の『爆笑問題&霜降り明星のシンパイ賞!!』(テレビ朝日系)に、お笑いトリオ『四千頭身』の後藤拓実が登場。現在の苦しい生活状況について打ち明けたが、視聴者たちは厳しい現実を突きつけている。 この番組は、MCの『爆笑問題』と『霜降り明星』を中心に、芸人たちの〝心配事〟を笑いに変える新感覚バラエティー。今回は「芸人のお金の乱れ」をテーマに、金回りの良くなったブレーク芸人たちの金銭感覚

                                                    【お笑い】『四千頭身』コロナ禍で収入激減したと明かすも疑問の声!「実力がバレただけ」「バブルみたいなものだった」 : NEWSOKU
                                                  • 元ラグビー世界選抜のプロレスラー 阿修羅・原さんの七回忌に思うこと

                                                    「流浪のヒットマン」阿修羅・原さんの七回忌(4月28日)がやってきた。2015年に故郷・長崎県の病院で肺炎のため亡くなっている。68歳だった。 「流浪のヒットマン」阿修羅・原さんの七回忌(4月28日)がやってきた。2015年に故郷・長崎県の病院で肺炎のため亡くなっている。68歳だった。 1970年代前半、近鉄のラグビー部で活躍し日本代表にも選出された。ナンバー8からプロップにコンバートされ、スクラムの最前列で日本ラグビー躍進のために大活躍した。その勇姿は世界から注目され、世界選抜チームにも選出されている。 1977年に鳴り物入りで国際プロレス入り。ラグビーファンの作家・野坂昭如さんによって阿修羅・原と命名された。リングネームは大々的に発表されたが、本名(原進)が気に入っていた原さんは「そのうち、慣れると思います」と微妙な反応だった。 実際、イケメンレスラーの走りだった原さんが阿修羅のごとく

                                                      元ラグビー世界選抜のプロレスラー 阿修羅・原さんの七回忌に思うこと
                                                    • '81世界最強タッグ決定リーグ戦・第13戦から第16戦 - 昭和の全日本プロレス

                                                      全日の旗揚げからG馬場三回忌追悼興行までの記録です。当ブログの記事や画像を、ブログ等にそのまま転載する行為は禁止します。 第13戦、12月10日旭川市総合体育館 観衆5200人 タッグ・リーグ戦 45分1本勝負 ブルーザー・ブロディ(0-0)タイガー・ジェット・シン ジミー・スヌーカ       上田馬之助 ①(2分26秒両軍反則) スヌーカがシンをボディスラムで叩きつけコーナー最上段へ。しかしシンが立ち上がり凶器突きでスヌーカを場外へ落とし乱闘に。ブロディと上田も乱闘を続け試合とならずドロー。 ハーリー・レイス(1-0)天龍源一郎 ラリー・ヘニング    阿修羅・原 ①レイス(8分25秒片エビ固め=ブレーンバスター)原 バロン・フォン・ラシク  (1-0)グレート小鹿 キラー・カール・クラップ    大熊元司 ①ラシク(10分26秒体固め)大熊 30分1本勝負 ジャンボ鶴田(時間切れ)ド

                                                        '81世界最強タッグ決定リーグ戦・第13戦から第16戦 - 昭和の全日本プロレス
                                                      • 【龍魂激論⑥中編】川田利明が振り返る「天龍同盟」 全日に嵐巻き起こした伝説ユニットの真実 | 東スポWEB

                                                        【天龍源一郎vsレジェンド対談「龍魂激論」(6=中編)】1980年代後半の全日本プロレスマットを熱くさせた「天龍同盟」とは何だったのか。ミスタープロレスこと天龍源一郎(70)がホスト役を務める「龍魂激論」に“デンジャラスK”こと元3冠ヘビー級王者の川田利明(56)が登場。13日に命日を迎えるノア創業者、三沢光晴さん(享年46)について語り合った前編に続き、中編では1987年の結成から90年の解散までジャンボ鶴田率いる「正規軍」と抗争を繰り広げた伝説ユニットの真実に迫る――。 ――天龍同盟の師匠と弟子ですね 天龍:いや、川田選手の師匠はジャイアント馬場さんでしょう。俺たちは仲間ですよ。 ――川田さんが天龍同盟に合流した契機は 天龍:俺と阿修羅原がジャンボ(鶴田)、(グレート)カブキさんと戦った試合(1987年8月、仙台)ですね。川田選手は全日本のセコンドだったのに俺たちに味方して、カブキさん

                                                          【龍魂激論⑥中編】川田利明が振り返る「天龍同盟」 全日に嵐巻き起こした伝説ユニットの真実 | 東スポWEB
                                                        • 新日本プロレスVS全日本プロレス<仁義なき50年闘争史>「蔵前戦争!新日本と全日本が1日違いの興行」 | アサ芸プラス

                                                          選手の引き抜き合戦から激化した1981年の新日本プロレスと全日本プロレスの企業戦争は、10月には蔵前戦争に発展した。 8月25日、ジャイアント馬場が東京・六本木の全日本事務所で記者会見を開いて10月の「創立10周年記念ジャイアント・シリーズ」の外国人メンバーを発表。その中には新日本の常連トップ外国人のダスティ・ローデス、ハルク・ホーガン、国際プロレスのエース外国人のひとりだったアレックス・スミルノフが名を連ねていたから、報道陣は騒然となった。 ローデスはこの年の6月21日にハーリー・レイスを撃破してNWA世界ヘビー級王者になっており、馬場は「NWA世界王者の招聘は以前から決まっていたこと。王者がローデスに交代しただけで引き抜きではないし、ホーガンにしても本人からの売り込みで、わざわざ引き抜いたわけではない」と説明。 スミルノフに関しては、まだ解散は公表されていなかったが、8月9日の北海道・

                                                            新日本プロレスVS全日本プロレス<仁義なき50年闘争史>「蔵前戦争!新日本と全日本が1日違いの興行」 | アサ芸プラス
                                                          • 天龍プロジェクト「〜天龍源一郎 引退〜革命終焉 Revolution FINAL」in両国国技館 - 多楠の日記@はてな

                                                            2015年11月15日、両国国技館。 プロレスラー・天龍源一郎の引退興行を見届けに行った。 もともと自分は「全日っ子」だった。 原体験は昭和50年代後半、時期的には鶴龍タッグが超獣コンビやジャパンプロレスとやりあってたころ。 新日は当時あまり見てなかった(タイガーマスクのブームは記憶にある)。 やっぱり「天龍同盟」には感慨があるわけですよ。 試合開始は15時からだけど、13時半くらいに会場入り。 入口の両側にはグッズ売り場。この日参戦の各団体からの出張売店があって、菊タローとかが手売りしてた。 正面にはトロフィーや、天龍が入場時に着用したジャンパー・ガウンなどがずらりと。思わず写真を撮る。 外周には角界やプロレス界からのフラワースタンドが並んでいた。 今日は1階の4人掛けマス席。 マスの中でも前方を取るため、早めに入場したのだった。 しかしやっぱり野郎の4人掛けはキツイっすよ…。 場内のB

                                                              天龍プロジェクト「〜天龍源一郎 引退〜革命終焉 Revolution FINAL」in両国国技館 - 多楠の日記@はてな
                                                            • 朝日新聞のPodcastは「革命」の声だ 朽木誠一郎ゲスト回は神回だ : 陽平ドットコム〜試みの水平線〜

                                                              【プロフィール】常見陽平(つねみようへい) 身長175センチ 体重85キロ 千葉商科大学国際教養学部准教授/いしかわUIターン応援団長/働き方評論家/社会格闘家 北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業、同大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。リクルート、バンダイ、ベンチャー企業、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師(現:准教授)。専攻は労働社会学。大学生の就職活動、労使関係、労働問題、キャリア論、若者論を中心に、執筆・講演など幅広く活動中。平成29年参議院国民生活・経済に関する調査会参考人、平成30年参議院経済産業委員会参考人、厚生労働省「多様な選考・採用機会の拡大に向けた検討会」参考人、「今後の若年者雇用に関する研究会」委員、第56回関西財界セミナー問題提起者などを務め、政策に関する提言も行っている。 執筆・講演のご依頼、お問い合わせなどはy

                                                                朝日新聞のPodcastは「革命」の声だ 朽木誠一郎ゲスト回は神回だ : 陽平ドットコム〜試みの水平線〜 
                                                              • 新日本プロレスVS全日本プロレス<仁義なき50年闘争史>「仁義なき引き抜き戦争を経て…82年開戦!」 | アサ芸プラス

                                                                新日本プロレスがアブドーラ・ザ・ブッチャーを引き抜き、全日本プロレスがタイガー・ジェット・シンとスタン・ハンセンを抜き返すという、熾烈な引き抜き戦争が繰り広げられた1981年。年末にハンセンを抜いた全日本が逆転勝ちという印象が強い中、新日本は82年早々に仕掛けた。 それまで日本のプロレスは全日本の正月2&3日の後楽園ホール2連戦で幕を開けるというのが恒例だったが、82年のスタートは新日本の後楽園ホール元日決戦。創立10周年記念興行として「新春スーパーファイト」を開催したのだ。 猪木の師匠であり“プロレスの神様”と呼ばれるカール・ゴッチが愛弟子・藤原喜明相手に5年ぶりの試合を行い、必殺のジャーマン・スープレックスで快勝。1年半後に維新軍を結成することになる、長州力とアニマル浜口が壮絶な両者リングアウト。前年81年4月にデビューして爆発的な人気を呼んだタイガーマスクは、宿敵ダイナマイト・キッド

                                                                  新日本プロレスVS全日本プロレス<仁義なき50年闘争史>「仁義なき引き抜き戦争を経て…82年開戦!」 | アサ芸プラス
                                                                • 天龍が初公開!馬場さんの「長州獲り密命」 | 東スポWEB

                                                                  【特別連載「革命戦士最終章」第3回】龍魂から革命戦士へ――。26日の「POWER HALL 2019」(東京・後楽園ホール)でファイナルマッチに臨む長州力(67)の特別連載「革命戦士最終章」第3回は、2015年11月に引退した天龍源一郎(69)だ。永遠のライバルに惜別のメッセージを送りつつ、意外なエピソードも初公開した。長州の全日本プロレス初参戦に至る過程で、故ジャイアント馬場さん(享年61)から受けた“密命”とは? ――長州選手との初対決(1985年1月2日)から34年だ 天龍:オウ。初対面は第1回プロレス写真記者クラブ写真展(83年12月21日)だった。その時に話が弾んで「今度飲もう」って話に。同時期に別の会で俺と長州選手、ダンプ松本選手が同席してね。当時、あちこちにテンパってた俺は「何だよ、女子も一緒かよ」と思ってたら、あの長州選手がワンオクターブ高い声で「よっ、ダンプちゃん、元気?

                                                                    天龍が初公開!馬場さんの「長州獲り密命」 | 東スポWEB
                                                                  • 【女帝】馬場元子【守銭奴疑惑】 : まとめるスポーツ

                                                                    2014年03月18日16:02 【女帝】馬場元子【守銭奴疑惑】 カテゴリ sportz Comment(0) 日本のプロレス業界で関係者からもっとも嫌われたと言われている女性。 亡ジャイアント馬場夫人にして、前全日本プロレスオーナー、 現在はジャイアント馬場の肖像権管理をされている馬場元子さんについて語ってください。 Wikipediaでも下記のように酷い言われようです。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E5%A0%B4%E5%85%83%E5%AD%90 編集した人間は元子さんが嫌いだったんだろうな・・・1:お前名無しだろ 2013/01/19 00:40:58h+f7kWhF0日本のプロレス業界で関係者からもっとも嫌われたと言われている女性。 亡ジャイアント馬場夫人にして、前全日本プロレスオーナー、 現在はジャイアント馬場の肖像権管理をさ

                                                                      【女帝】馬場元子【守銭奴疑惑】 : まとめるスポーツ
                                                                    • 天龍源一郎&ハンセン氏が激白! 伝説の1988年〝失神事件〟真相「今でも恨みに思ってるけどね」 | 東スポWEB

                                                                      【天龍源一郎 vs レジェンド対談「龍魂激論」前編】ミスタープロレスこと天龍源一郎(74)がホスト役を務める連載「龍魂激論」で永遠のライバルで盟友の元PWF会長スタン・ハンセン氏(74)との巨頭対談が実現した。数多くの激闘を展開した両雄は約7年ぶりに対面。前編ではもはや伝説となっている1988年3月秋田の「ハンセン失神事件」について当事者同士が真相を語り合った。 ハンセン 久しぶり。元気そうで本当に安心したよ。 天龍 ありがとう。7年ぶりか。スタンがまぶしく見えるよ。何しろ東スポが俺の死亡記事を手ぐすね引いて待ってるからね。あと200年は生きてやるよ、このヤロー。 ――……。常に一線を越える戦いを続けていましたが、なぜあそこまで 天龍 俺が聞きたいよ。 ハンセン テンルーもジャンボ(鶴田)も全力でぶつかってくる。こっちも同じように仕掛けなければ置いていかれる。ミスター・ババも好きにやらせて

                                                                        天龍源一郎&ハンセン氏が激白! 伝説の1988年〝失神事件〟真相「今でも恨みに思ってるけどね」 | 東スポWEB
                                                                      • レコードにゾッコンLOVEなウェブマガジン ドーナツマガジン by リバイナル

                                                                        レコード&昭和プロレス愛好家のゴベと申します。 ライブハウス等で長年顔を合わせていた知人から「そういえばゴベちゃん、本名はなんていうの?」と訊かれたことがあります。1人ではありません。複数の人間からずっとあだ名だと思われていました。最初から本名を名乗っていたのに。。。 前回のBRAHMANに続き、今回も格闘技の練習仲間が在籍するバンドです。 第3回 COCOBAT1991年11月23日 鹿鳴館で開催された「METALIZATION '91 NEO MILITIA」を観に行きました。新鋭のスラッシュメタルバンドが多数出演する中、1組だけ異彩を放つバンドが。ザッカザカなギターにブリンブリンなベース。存在感抜群のヴォーカリスト。スラッシュメタルでもハードコアでもなく、かと言って当時話題になっていたミクスチャーとも違う、新しい音楽でした。 1992年 1st.アルバム『COCOBAT CRUNCH

                                                                          レコードにゾッコンLOVEなウェブマガジン ドーナツマガジン by リバイナル
                                                                        • 藤波辰爾が37年ぶりに迷曲「マッチョ・ドラゴン」熱唱、笑いながら感動させられた“受けの美学”

                                                                          藤波辰爾Twitter(@dragondradition)より 9月3日と10日の2週にまたがって放送された、『1オクターブ上の音楽会』(NHK)が抜群だった。 新たな企画案のパイロット版を制作する、『レギュラー番組への道』なる枠で放送されたプログラムである。是非とも、レギュラー番組になってもらいたい。 コサキンが「マイクを持つと小学生」と藤波をネタに 謎の洋館に住む名盤コレクター(竹中直人)が主宰する奇妙な音楽会を舞台にした、この番組。「1オクターブ上」とは、歌謡曲全盛の時代に常識を突き抜け、異色の輝きを放った名曲を指すのだそう。 第1回(3日放送)で紹介されたのは、演歌の巨匠・船村徹が手掛けた「スナッキーで踊ろう」(海道はじめ)と、大瀧詠一が手掛けた「イエロー・サブマリン音頭」(金沢明子)。第2回(10日放送)で紹介されたのは、プロレスラー・藤波辰巳(現・辰爾)の「マッチョ・ドラゴン」

                                                                            藤波辰爾が37年ぶりに迷曲「マッチョ・ドラゴン」熱唱、笑いながら感動させられた“受けの美学”
                                                                          • 痛みの価値(市瀬英俊著、双葉社)は、週刊プロレス記者時代に経験した全日本プロレスの試合とその背景を振り返る書籍です。

                                                                            SWSの設立記者会見の席上、田中社長は次のように言った。 〈今回、プロレスをやるということに対して、社内では相当な反対がありました。これは事実です。メガネとプロレスを考えた場合、メリットがないという意見も役員の中にはありました〉(週刊プロレス90年5月9日号より。以下同) 〈宣伝効果がどうかと考えた場合にも、全体として費用は60~70億ぐらいかかると思いますが、メガネスーパーとプロレスをつないでも、直接我が社にはメリットがないという声もありました〉 〈その中で私があえて踏み切ったのは…利益は出ない、宣伝効果もお金をかける割にはない、ましてや新しい分野ということで危険の方が大きすぎるという中で、私が社内の役員を押さえたのは、これはあくまでも私の男のロマンだと〉 〈男のロマンだから許してもらいたいと、私は役員に頭を下げました〉 そうまでしてプロレス界に投資する社長、と考えれば文句なしの美 談で

                                                                              痛みの価値(市瀬英俊著、双葉社)は、週刊プロレス記者時代に経験した全日本プロレスの試合とその背景を振り返る書籍です。
                                                                            • 11月引退を決意した天龍源一郎が「革命と反骨39年」を語り尽くす!(2)圓楽師匠との銀座豪遊は青春 | アサ芸プラス

                                                                              ── そして、87年に天龍革命(レボリューション)をスタートさせてトップに駆け上がりました。 天龍 その前に長州力選手が全日本に来て、好きなことをぶつけ合うというプロレスを仕掛けてきた。そのことで13歳から相撲をやってきた闘争心に火をつけられたんですよ。「これが俺のイメージしていたプロレスだ!」ってハマっちゃったんです。それで長州選手が新日本に戻ったあとにラグビーの世界選抜メンバーにもなった阿修羅・原選手に「源ちゃん、ガンガンやらなきゃプロレスは舐められるよ」って言われて、意気投合してレボリューションですよ。俺も阿修羅もそうだし、(天龍同盟は)冬木弘道、川田利明、小川良成、折原昌夫‥‥みんな斜に構えたひねくれ者の集まりでしたね(苦笑)。 俺と鶴田選手に付け人がつくことになった時、冬木じゃなくて三沢光晴を指名していたら人生変わっていましたよ(笑)。類は友を呼ぶというか、スポットライト浴びてな

                                                                                11月引退を決意した天龍源一郎が「革命と反骨39年」を語り尽くす!(2)圓楽師匠との銀座豪遊は青春 | アサ芸プラス
                                                                              • 摩訶レコード:格闘音楽大全プロレスQ第5回プロレス紅白 - 摩訶レコードブログ

                                                                                今回紹介するのは企画物のCDアルバム。 1999年にリリースされた、「格闘音楽大全プロレスQ第5回プロレス紅白」です。 プロレス関係の企画物アルバムは山ほど出ており、このプロレスQシリーズも 確か10枚を超えるアルバムが出ていると思いますが、 これはシリーズ中で最も内容が濃く人気が高いアルバムと断言して良いでしょう。 その理由として、3つ挙げられます。 1つめは、入場テーマではなく、レスラー自身が歌っているもの、歌モノであること。 15組のレスラー、しかも本人達がしっかり歌っています。 2つめは、全曲がオリジナル(原盤)からの音源であること。 こういう企画盤って、買って聞いてみたら『あれ?原曲とちょっと違うな』って事が 多々あり、がっかりする事もあるのですが、キングレコードさんの努力により レコード会社の垣根を越えて作成されたものなのです。 そして3つめ。 参加しているレスラーの面々の豪華

                                                                                  摩訶レコード:格闘音楽大全プロレスQ第5回プロレス紅白 - 摩訶レコードブログ
                                                                                • 旗揚げ50周年“歴代最強外国人”スタン・ハンセンは、他のレスラーとはここが違う!(清野茂樹) - エキスパート - Yahoo!ニュース

                                                                                  今月18日に開催された全日本プロレスの日本武道館大会に合わせて、スタン・ハンセンが来日した。今年旗揚げ50周年を迎えた新日本プロレスと全日本プロレスの両方で、エース外国人の座に君臨し続けたレジェンドは、いったい何が凄かったのか?他の外国人レスラーと何が違ったのか?今回の来日を機にハンセンのことを知った新規ファンにも向けて、その偉業を紹介したい。 猪木と馬場からベルト奪う新日本プロレスと全日本プロレスの老舗2団体はこの半世紀、競い合うように外国人レスラーを招聘してきた。両方のリングを経験している選手は珍しくはないが、アントニオ猪木とジャイアント馬場という団体のエースとシングルマッチで対戦し、両者に勝ってチャンピオンベルトを腰に巻いたのはハンセンが唯一である。しかも、新日本で5年間、全日本で18年間常にトップ戦線に居続けたハンセンの試合はテレビ朝日と日本テレビの両方でオンエアされたため、日本に

                                                                                    旗揚げ50周年“歴代最強外国人”スタン・ハンセンは、他のレスラーとはここが違う!(清野茂樹) - エキスパート - Yahoo!ニュース