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2006年12月28日のブックマーク (11件)

  • 労働契約法制・労働時間法制に関する答申 - hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

    というわけで、ようやく厚労省のHPに答申がアップされたようなので、それをネタにいじくりましょうか。 http://www.mhlw.go.jp/houdou/2006/12/dl/h1227-4a.pdf とはいえ、労働時間関係はもうあんまり言うべきことは残っていないんですよね。さっきも某テレビ局からコメントを求められたんですが、問題構造を理解して貰うのに一苦労。関係者全員が誤解している、或いは誤解したふりをしているのを解きほぐすのは大変難しいのです。「へえ、そうだったんですか!」とその人はようやく理解しても、テレビ番組で使えるように再構成するのは難しいだろうし、「なんだよ、そいつは、どっち側なんだ、わけのわからんのは使えんぞ」でお仕舞いだろうし。 とにかく、ホワエグについては「労働者代表委員から、既に柔軟な働き方を可能とする他の制度が存在すること、長時間労働となる恐れがあること等から、新

    労働契約法制・労働時間法制に関する答申 - hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)
  • ホワエグ大全集 - hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)

    この際ですから、今までこのブログに書いたホワイトカラーエグゼンプション関係のエントリーを時代順に並べます。年末お蔵出しセールだよ! http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_90a2.html (ホワイトカラー適用除外の迷走) http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_20af.html (日経団連のエグゼンプション提言) http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/01/post_39a1.html (労働時間制度研報告) http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/02/post_a51a.html (モルガン・スタンレー証券事件判決について) htt

    ホワエグ大全集 - hamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)
    rajendra
    rajendra 2006/12/28
    hamachan先生のエントリのまとめ。
  • 論文ねつ造は懲戒解雇 | 5号館を出て

    先日の大阪大学の論文ねつ造の「主犯」教授の懲戒解雇に続いて、東京大学でも論文ねつ造の「主犯」として、教授と助手が懲戒解雇されたということです。 大阪大学のケースは、9月に研究科教授会が懲戒解雇を大学に求めていたのですが、教授が大学に不服審査を申し立てていて、その結論が20日に出たというものでした。今日のニュースでは東大の工学系研究科が懲戒解雇したという結論が発表されたものですが、教授の弁護士は実験担当者ではない教授を懲戒解雇するのは妥当ではないとして法的措置を検討しているそうですし、助手は処分が重すぎるとして地位保全の裁判を起こすと言っているようです。 しかし、今回の処分の決定が前例となって、今後は国から多額の研究費をもらっている研究者が、影響力の大きな学術雑誌にねつ造論文を投稿して掲載され、後にそれがねつ造だと発覚した場合には、今後は同じような処分がなされることになるだろうと思われます。

    論文ねつ造は懲戒解雇 | 5号館を出て
  • エヴァンゲリスト考 - 殿下執務室2.0 β1

    1999年当時のDSMLのログなどを読み返してて、丁度エヴァンゲリスト云々と話題を振った辺りに通じる辺りでの、日没師とのやり取りなどを拾い上げてみる。思えばJRAのキムタクCMの話をしてたのがこんな所に脱線しているのが当時のパワーか(笑)。こうやって見ると、有芝は成長ねぇなぁというのがまざまざな訳ですが、さしあたり無断引用に関しては切にご容赦願います >◆師 因みに、この時期辺りのログを拾ってたら、 「をを、まだこの時期は堀江さんが降臨してるよwwwww」 とか、 「しかもレスしてる相手がLoveちゃんだしwwwwwww」 とか、なかなか面白おかしかったり、まぁ懐古ネタではありますが。 日没> 自分は、コア層が競馬から離れる理由として大きいのは、当は競馬側の問題ではなく、「家庭を持つ」「仕事を続けていてキーマンになる」なんていうあたりが一番デカイ気がしてます。 やりたくても時間も金もなく

    rajendra
    rajendra 2006/12/28
    競馬と文化の話。いずれの分野にせよ、奥伝秘伝というか深奥に達するのは困難ですな。/とはいうものの、「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ」ということもあり、その辺りにミドルマンが存在する可能性もあるのかも。
  • オールは誰に任せるのか・・・中島みゆき「宙船(そらふね)」 - 法務の国のろじゃあ

    ~~~証券化・コンプライアンス・CSRにSRI・消費者法、そして民法・商法・個人情報保護法、銀行法に割賦販売法バンバン・・・役満?(^^;)~~~ ご注意:ブログへのろじゃによる書き込みはろじゃあが属する法人等の見解を何ら代表等するものではありませぬ。あくまでもろじゃあ個人の見解(の途中経過)の表明に過ぎません。ですから、ろじゃあの見解自体も後に変更されることがあります。またブログに書き込まれた見解等により何らかの損害が生じた・・・との見解を主張することがないよう、予め告知しておきますね。上記のような見解の表明に過ぎないのですからみなさんご自分でご自分のリスクは判断してくださいな。ろじゃあはかかる損害については何ら責任を負いませんので。あしからず。 TOKIOの城島君と山口君がなんとも憎めずいいキャラだよなあと常日頃思っているろじゃあは、最初「宙船(そらふね)」を聴いたとき、なんとも骨

    オールは誰に任せるのか・・・中島みゆき「宙船(そらふね)」 - 法務の国のろじゃあ
  • 酔うぞの遠めがね: 人はデジタルを求める

    中西先生の「雑感」にちょっと興味を引かれる記事を見つけた。 Renn教授のスライド 12月12日の雑感に、私はDurnwoodyの講演の内容を紹介したが、それも同じようなことだと思う。 この雑感を読んで、その日の内に、西澤真理子さんから貴重な情報を頂いた、これをここに紹介する。 西澤さんは、リテラジャパン代表・Stuttgart大学環境社会学科研究員をしているのだが、Stuttgart大学のOrtwin Renn教授がよく引用する言葉があるというので送って頂いた。ここにそのスライドを示す。 「人が求めるのは知識ではなく、確実なことだ」 「政策決定者は、確実なことを与えることはできないが、不確実なことに対して、思慮深く対処するための方法やしくみを人々が見つけ、慣れていくことを助けることはできる」 なるほどなと思う。そのまま伝えるのがリスクコミュニケーションではない。 こういう気持ちで、リスク

    rajendra
    rajendra 2006/12/28
    人は灰色に耐えられるのか。
  • SF作家に見るWikipediaと公式サイト及びファンサイトのGoogle的位置付け。 - 雑録

    24日の日記の件(id:akapon:20061224#p1)がどうしても頭を離れなかったので、試しに他の作家のファンサイトはどうなのだろうと調べてみた。日SF大賞の受賞者をサンプルとして一覧表にまとめたのが下記である。 表中の作家の名前はWikipediaのページへのリンクとなっている。登録がない作家には「*」を名前の横に付けた。また、各作家につきGoogle検索に引っ掛かった公式サイトとファンサイトを○●で表した。 ○=Wikipediaより上位に表示される。 ●=Wikipediaより下位に表示される。 /=該当するサイトが1ページ目に表示されない。 という意味合いである。○・●のマークは該当するページへのリンクとなっている。 回(年) 受賞作 作家 公式 ファン 1(1980) 「太陽風交点」 堀晃 ○ / 2(1981) 「吉里吉里人」 井上ひさし ●*1 / 3(1982)

    SF作家に見るWikipediaと公式サイト及びファンサイトのGoogle的位置付け。 - 雑録
  • 進化論が科学であり、ID論が科学でない理由 - 赤の女王とお茶を

    科学が『ニセ科学』を糾弾できない当の理由 進化生物学者と似非科学論者との決定的な違いに関して 師走でバタバタしておりますが、レスしとくべきでしょうから。。 まず科学全般について。 先日「地図」に例えたように、科学とは自然・社会現象を抽象化した「モデル」です。 従って、質的に検証されたり反証されたりするのは個々の事実ではなく飽くまで「モデル」の部分なのです。 そもそも、現実を「抽象化」するのですから、必ず「切り捨てる」部分が生じます。地図が現実の土地でないのと同様ですね。どんな科学実験でも、100%理論と実験結果が一致することはありえませんし、重要視される「再現性」も、100%の一致という意味ではありません。完璧に同じ実験条件というものはこの世に存在しないからです。 あたかも盲人が象を撫でるがごとく、いろいろな人がいろいろな角度から検証してみて、やがてぼんやりとではあるが妥当と思われる世

    進化論が科学であり、ID論が科学でない理由 - 赤の女王とお茶を
  • DORAの図書館日報: ある図書館政策

    これから先の司書としての自分たちのあるべき姿を確認するために、過去の図書館政策について再度精査してみた。---結論、当時の政策としては間違っていなかった。寧ろ、現在へつなげるために必要なプロセスだった。 しかし、既に四半世紀が経過したこの政策を今尚そのまま適応するには社会が変化し過ぎたのではないだろうか。その変化とは、「ブラウン式」→「コンピュータ式」のような管理運営形態の違いを指すのではない。例えば、児童サービスならば、将来を担う子どもの図書館利用習慣を養う意味では重要なサービスであることは変わらないが、自治体にとっては児童サービス以前に「少子化」についての対応が優先課題として立ち塞がっている。図書館としては少子化対策という目的の下、子育てのし易い環境を構築する上で、その方策を自治体の中での図書館の位置付けと共に考えていかなければならない。 高齢者への対応についても同様、読書環境の整備に

    rajendra
    rajendra 2006/12/28
    社会状況の変化に応じて図書館サービスも再構築を迫られる、という話。
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    rajendra
    rajendra 2006/12/28
    またエントリの本筋から外れるけど、富の平等な分配を主張するウィリアム・ゴドウィンに対して、「そんなん不可能やんけ」と反論するためにマルサスは『人口論』を書いた、というエピソードを思い出した。
  • 経済学の啓蒙活動について - 痴呆でいいもん

    前に一部で注目を浴びたエントリと同じ題ですが、あそこで、田中くんがらみでない論点をもうっちょっと書いときたいと思います。 上で書いたように、田中くんのと飯田さんの『経済学的思考の技術』を読んで、それへの書評というより、それに即発されて考えたことです。飯田さんのに触れるのではっきりことわっておきますが、ここでの議論は飯田さんのいう意味での「議論」ではありません。定義のきちんとしてない事柄についてあーだこーだいうわけですので。 経済政策を歴史に学ぶ [ソフトバンク新書] 作者: 田中秀臣出版社/メーカー: ソフトバンククリエイティブ発売日: 2006/08/17メディア: 新書購入: 7人 クリック: 69回この商品を含むブログ (53件) を見る経済学思考の技術 ― 論理・経済理論・データを使って考える 作者: 飯田泰之出版社/メーカー: ダイヤモンド社発売日: 2003/12/11メデ

    rajendra
    rajendra 2006/12/28
    経済学に限らないが、何かを学ぼうとする時には何より学ぶ動機が必要。とは言うものの、動機がなくても大抵の人は生きていける。その程度には我々は豊かだ。