(1)根本理由 歴史言語学的には、支配者の言語に同化する場合と、その逆の場合があります。基本的に文化圏言語の方が、文化圏言語に至っていない言語を駆逐する、という現象です。ラテン語は、一見文化圏言語に見えますが、当時としてはギリシア語の方が圧倒的に優勢な文化圏言語でした。歴史言語学的にいえば、これが根本理由です。ラテン語の遺産は体系的な法律くらいで、しかも翻訳することで解決してしまいました。残りの分野はギリシア語が圧倒的な資産を持っていましたから、ラテン語を使いたがる余地はあまりなかったのではないかと思います。 ラテン語が西方で標準語となりえたのは、西方にラテン語以外の文化圏言語がなかったこと、ラテン語が滅びなかったのは、中世に聖書とカトリック教会の言語となることで、文化圏言語として保持されたからです。ギリシア語圏では、ローマ征服以前から既に強大な文化圏言語がありましたから、東方ではラテン語
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