タグ

関連タグで絞り込む (0)

  • 関連タグはありません

タグの絞り込みを解除

思想と言語に関するsemisのブックマーク (1)

  • 漢字という虚構: 極東ブログ

    さらに漢字について書く。ご関心のないかたも多いことだと思うので、おつきあいを願うものではない。そして、おつきあい頂いたかたの反論や反感も多いのではないかと思う。ある程度、しかたがないと思う。というのは、これまでの漢字についての私の話は虚構といえば虚構なのだ。「白川静は『と』だと思う」(参照)で、なぜソーシュールなんかをひっぱり出したかというと、虚構を打ち立てるためだ。 虚構は、ここでは、嘘という意味ではない。言語学の方法論というのは、こういう虚構を必要とする。そして、この虚構がなければ、果てしない混乱になるし、私は白川静の漢字研究はその混乱の果てであると考えている。以上の考えに変更はない。 が、もう少し述べる個人的な必要性を感じている。私のこの分野の思想を少し展開してみたい気がするのだ。 関連して余談めくが、この間、暗黒日記から批判のようなものがあった。ご関心のあるかたは、先の記事の長いコ

  • 1