以前、東京の外れ出身という人が、よりによって九州のクソ田舎出身の僕に対して「わかる~うちも田舎でさ、何にもないの」とか、のたまってくれたことがあった。 その場では「そうなんですねえ」とか言って流したんだけど「電車が1時間に5本も6本も来るような利便性最高の土地に生まれて何言ってんだ」と、はらわたが煮えくり返った。 何もない、ということについての、決定的な感覚の違いを実感したのである。しかし、すぐ我にかえって、それを相手にぶつけてもきっと理解はされないだろうと思い直した。人間って、自分という存在のスタート地点が一番素朴に思える生き物だろうし。 でも、ガチで田舎に住んでいたころって、本当にすることなんてなかった。休日ったってすることなんてない。都会みたく美術館の展示が頻繁に切り替わることもない。トレンドとかカルチャーに触れるとかも無縁だ。 田舎だと、クレジットカードの優待特典も使えないのがある
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