五丈原の巻に関するshiromitsuのブックマーク (36)

  • 吉川『三国志』の考察 第292話「司馬仲達計らる(しばちゅうたつはからる)」

    魏(ぎ)の太和(たいわ)3(229)年4月、司馬懿(しばい)ひきいる魏軍と諸葛亮(しょかつりょう)ひきいる蜀軍(しょくぐん)が、初めて祁山(きざん)で対峙(たいじ)した。 蜀は別動部隊を用いて、武都(ぶと)と陰平(いんぺい)を攻略。諸葛亮の読みはことごとく司馬懿の先を行く。司馬懿は諸葛亮の実力を改めて思い知り、急に動きを見せなくなる。 第292話の展開とポイント (01)祁山 蜀の諸葛亮と魏の司馬懿とが、堂々と正面切って対峙するの壮観を展開したのは、実にこの(蜀の)建興(けんこう)7(229)年4月の、祁山夏の陣をもって最初とする。 それまでの戦いでは、司馬懿はもっぱら洛陽(らくよう)にあって陣頭に立たなかったと言ってよい。 序戦の街亭(がいてい)の役には自ら西城(せいじょう)まで迫ったが、諸葛亮は楼上に琴を弾じ、彼の疑い退くを見るや、風のごとく漢中(かんちゅう)へ去ってしまった。 両々相

    吉川『三国志』の考察 第292話「司馬仲達計らる(しばちゅうたつはからる)」
  • 吉川『三国志』の考察 第291話「総兵之印(そうへいのいん)」

    諸葛亮(しょかつりょう)は蜀軍(しょくぐん)をひきい、みたび祁山(きざん)に進出する。今回は陰平(いんぺい)と武都(ぶと)の両郡の攻略を目指し、王平(おうへい)と姜維(きょうい)に1万騎ずつを付けて差し向けた。 これに対し魏(ぎ)の曹叡(そうえい)は、長安(ちょうあん)で病臥(びょうが)していた曹真(そうしん)に替え、司馬懿(しばい)を大都督(だいととく)に起用する。 第291話の展開とポイント (01)武昌(ぶしょう) 魏蜀の消耗(しょうこう。「しょうもう」は慣用読み)を喜び、その大戦のいよいよ長く、いよいよ苛烈になることを願っていたのは、言うまでもなく呉(ご)であった。 このときにあたって、呉王(ごおう)の孫権(そんけん)は、ついに宿年の野望を表面にした。彼もまた魏や蜀に倣い、皇帝を僭称(せんしょう)したのである。 (呉の黄武〈こうぶ〉8〈229〉年の)4月、武昌の南郊に盛大な壇を築い

    吉川『三国志』の考察 第291話「総兵之印(そうへいのいん)」
  • 吉川『三国志』の考察 第290話「食(しょく)」

    袁紹(えんしょう)と袁術(えんじゅつ)が仲たがいすると、長沙(ちょうさ)にいた孫堅(そんけん)は袁術から密書を受け取る。 これを好機と捉えた孫堅は自ら船団をひきい、荊州(けいしゅう)の劉表(りゅうひょう)を攻めるべく出撃した。 第033話の... (04)祁山 諸葛亮の営 蜀の物見は、鬼の首でも取ったように報告する。 「隴西(ろうせい)から祁山の西を越え、数千輛の車が、陳倉道へ兵糧を運んでいく様子に見えます」 蜀の諸将はみな、その好餌に目色を輝かせたが、諸葛亮はまったく別のことを左右に尋ねた。 「兵糧隊の敵将は、誰だと言ったな?」 それが孫礼だと聞くと、諸葛亮は、その人物を知る者はないかと、また尋ねる。 むかし魏にいた一将が話す。 「かつて魏王(ぎおう)が大石山(だいせきざん)に狩猟をなしたとき、一頭の大きな虎が魏王に跳びかかったことがありました」 「そのとき孫礼がいきなり盾となり、大虎

    吉川『三国志』の考察 第290話「食(しょく)」
  • 吉川『三国志』の考察 第289話「二度祁山に出づ(ふたたびきざんにいづ)」

    陳倉城(ちんそうじょう)を守る魏(ぎ)の郝昭(かくしょう)は、蜀(しょく)の大軍に包囲されながらもよくしのいだ。諸葛亮(しょかつりょう)は、予想外の苦戦に焦りを募らせる。 このとき姜維(きょうい)が、陳倉の小城にこだわることはないと進言。これを聞いて納得した諸葛亮は、陳倉の谷に魏延(ぎえん)の一軍を留めると、自身は主力軍とともに、間道から祁山(きざん)へ進んだ。 第289話の展開とポイント (01)漢中(かんちゅう)滞陣時の諸葛亮 諸葛亮は漢中に滞陣していた1年の間に、軍の機構からその整備や兵器にまで大改善を加えていた。 例えば突撃や速度の必要には、散騎隊(さんきたい)と武騎隊(ぶきたい)を新たに編制し、馬に練達した将校を配属。 また、従来は弩弓手(どきゅうしゅ)として位置も活用も低かったものを、新たに自身が発明した威力のある新武器を加えて、独立した部隊を作る。この部将を連弩士(れんどし)

    吉川『三国志』の考察 第289話「二度祁山に出づ(ふたたびきざんにいづ)」
  • 吉川『三国志』の考察 第287話「髪を捧ぐ(はつをささぐ)」

    呉(ご)の鄱陽太守(はようたいしゅ)の周魴(しゅうほう)が届けた密書が、揚州(ようしゅう。楊州)にいる魏(ぎ)の大司馬(だいしば)の曹休(そうきゅう)から、洛陽(らくよう)の曹叡(そうえい)に奉呈される。 曹叡は評議の末に司馬懿(しばい)の意見を採用し、皖城(かんじょう)・東関(とうかん)・江陵(こうりょう)の三道へ軍勢を分けて進めることになった。周魴は曹休と皖城で会見し、彼を完全に信じ込ませるべく、あるものを差し出す。 第287話の展開とポイント (01)洛陽 街亭(がいてい)の大勝は、魏の強大をいよいよ誇らしめた。国内では戦勝気分に拍車をかけ、「この際、蜀(しょく)へ攻め入って、禍根を絶て」という世論さえ起こったほどである。 だが司馬懿は、曹叡がそれに動かされんことを恐れ、常に軽挙を抑えていた。 「蜀に孔明(こうめい。諸葛亮〈しょかつりょう〉のあざな)あり、剣閣(けんかく)の難所あり。

    吉川『三国志』の考察 第287話「髪を捧ぐ(はつをささぐ)」
  • 吉川『三国志』の考察 第285話「高楼弾琴(こうろうだんきん)」

    司馬懿(しばい)は長安(ちょうあん)で20万の大軍を整えると、張郃(ちょうこう)を先鋒に進軍を開始。司馬懿の狙いは、いち早く街亭(がいてい)の地を押さえることにあった。 しかし諸葛亮(しょかつりょう)は、馬謖(ばしょく)と王平(おうへい)に2万余の軍勢を付け、すでに街亭を押さえていた。ところが、馬謖の失態から蜀軍(しょくぐん)は総崩れとなり、西城(せいじょう)に入った諸葛亮に、司馬懿ひきいる魏(ぎ)の大軍が迫る。 第285話の展開とポイント (01)長安 魏の大陣容は整った。辛毘(しんび。辛毗)は、あざなを佐治(さじ)といい、潁川郡(えいせんぐん)陽翟県(ようてきけん)の生まれ。大才の聞こえつとに高く、今や曹叡(そうえい)の軍師となり、常に帝座間近く奉侍している。 孫礼(そんれい)は、あざなを徳達(とくたつ)という。護軍(ごぐん)の大将として、早くより戦場にある曹真(そうしん)の大軍へ、5

    吉川『三国志』の考察 第285話「高楼弾琴(こうろうだんきん)」
  • 吉川『三国志』の考察 第284話「洛陽に生色還る(らくようにせいしょくかえる)」

    曹叡(そうえい)の詔(みことのり)を宛城(えんじょう)で拝受した司馬懿(しばい)。すぐさま兵を集めると、洛陽(らくよう)ではなく、謀反の兆しを見せていた孟達(もうたつ)がいる新城(しんじょう)へ急ぐ。 孟達は、司馬懿が洛陽に向かっているとの偽情報を信じて備えを怠り、突然現れた魏軍(ぎぐん)になすすべなく討たれた。この知らせに洛陽は沸き返る。 第284話の展開とポイント (01)行軍中の司馬懿 このときの司馬懿の行軍は、2日の道のりを1日で進んでいったというから、何にしても非常に迅速なものだったに違いない。 しかも彼はこれに先立ち、参軍(さんぐん)の梁畿(りょうき)という者に命じ、あまたの第五部隊を用いて新城付近に潜行させ、このように言い触らさせた。 「司馬懿の軍勢は洛陽へ上り、天子(てんし。曹叡)の勅を受けた後、諸葛亮(しょかつりょう)を討ち破ることになっている。功を成し名を遂げんとする者

    吉川『三国志』の考察 第284話「洛陽に生色還る(らくようにせいしょくかえる)」
  • 吉川『三国志』の考察 第283話「鶏家全慶(けいかぜんけい)」

    西羌(せいきょう)の鉄車隊を鮮やかに撃破し、祁山(きざん)の営に戻った諸葛亮(しょかつりょう)。魏(ぎ)の曹真(そうしん)は敗戦を重ね、渭水(いすい)から総退却せざるを得なくなる。 ここで曹叡(そうえい)は鍾繇(しょうよう)の進言を容れ、先に追放した司馬懿(しばい)を再び起用し、平西都督(へいせいととく)に任ずる詔(みことのり)を下す。 第283話の展開とポイント (01)洛陽(らくよう) 渭水からの早馬は櫛(くし)の歯を引くように、洛陽へ急を告げる。そのことごとくが敗報だった。 魏の曹叡は色を失い、群臣を会して、誰かいま国を救う者はなきや、と憂いに満ちて言う。 華歆(かきん)は曹叡自身の出馬を勧めるが、太傅(たいふ)の鍾繇は反対して述べた。 「『彼ヲ知リ、己ヲ知ルトキハ百度戦ッテ百度勝ツ』と古語にあります」 ★この記事の主要テキストとして用いている新潮文庫の註解(渡邉義浩〈わたなべ・よ

    吉川『三国志』の考察 第283話「鶏家全慶(けいかぜんけい)」
  • 吉川『三国志』の考察 第282話「西部第二戦線(せいぶだいにせんせん)」

    魏(ぎ)の曹叡(そうえい)の指示を受けた西羌国王(せいきょうこくおう)の徹里吉(てつりきつ)は、武相(ぶしょう)の越吉(えつきつ)と宰相の雅丹(がたん)に25万の軍勢を預け、蜀境(しょくきょう)の西平関(せいへいかん)へ向かわせる。 諸葛亮(しょかつりょう)は祁山(きざん)と渭水(いすい)の間に営を置いていたが、この急報を聞くや、関興(かんこう)と張苞(ちょうほう)に地理に詳しい馬岱(ばたい)を添え、5万の援軍を西平関へ差し向けた。 第282話の展開とポイント (01)西羌王国と魏 この当時、中国の人士が西羌の夷族(いぞく。異民族)と呼び習わしていたのは、現今の青海省(せいかいしょう)地方――いわゆる欧州と東洋との大陸的境界の脊梁(せきりょう)をなす大高原地帯――の西蔵(チベット)人種と蒙古(もうこ)民族との混合体よりなる一王国を指して言っていたものかと考えられる。 その西羌王国と魏とは

    吉川『三国志』の考察 第282話「西部第二戦線(せいぶだいにせんせん)」
  • 吉川『三国志』の考察 第281話「祁山の野(きざんのや)」

    太和(たいわ)元(227)年、魏(ぎ)の曹叡(そうえい)は曹真(そうしん)を大都督(だいととく)に任じ、20万の大軍を委ねる。副将には郭淮(かくわい)が選ばれ、さらに王朗(おうろう)が軍師として従軍することになった。 やがて諸葛亮(しょかつりょう)ひきいる蜀軍(しょくぐん)と、祁山(きざん)の前で対陣した魏軍。ここで王朗が陣頭に馬を進め、諸葛亮の論破を試みるが――。 第281話の展開とポイント (01)洛陽(らくよう) このとき(蜀の建興〈けんこう〉5〈227〉年)、魏は太和元年にあたっていた。 ★原文「大化元年」だが、ここは「太和元年」としておく。ただの誤りなのか、何か特別な意味があるのかは判断つかず。 魏の国議は、国防総司令の大任を一族の曹真に命ずる。彼は固辞したものの、曹叡は許さない。 さらに王朗もこう言った。 「将軍は社稷(しゃしょく。土地と五穀の神。国家)の重臣。ご辞退あるときで

    吉川『三国志』の考察 第281話「祁山の野(きざんのや)」
  • 吉川『三国志』の考察 第279話「中原を指して(ちゅうげんをさして)」

    諸葛亮(しょかつりょう)は北伐の軍勢をひきいて大路を進む。蜀軍(しょくぐん)が堂々と直進してきたことに、各所に軍勢を分けていた魏軍(ぎぐん)は意表を突かれる。 魏の総大将の夏侯楙(かこうも)は鳳鳴山(ほうめいざん)で敗れた後、諸葛亮の計略の前に安定(あんてい)と南安(なんあん)の両郡も失う。 第279話の展開とポイント (01)沔陽(べんよう) 蜀の大軍は沔陽まで進む。ここまで来たとき、「魏は関西(かんぜい。函谷関〈かんこくかん〉以西の地域)の精兵をもって長安(ちょうあん)に布陣し、そこに大営を置いた」という情報が的確になった。 いわゆる天下の険。蜀の桟道を越えて出てくるだけでも、軍馬は一応疲れる。諸葛亮は沔陽に着くと言った。 「ここには亡き馬超(ばちょう)の墳(つか)がある。いまわが蜀軍の北伐に会うて、地下白骨の自己を嘆じ、懐かしくも思っているだろう。祭りを営んでやるがよい」 こうして

    吉川『三国志』の考察 第279話「中原を指して(ちゅうげんをさして)」
  • 吉川『三国志』の考察 第310話「死せる孔明、生ける仲達を走らす(しせるこうめい、いけるちゅうたつをはしらす)」

    渭水(いすい)の営で天文を観ていた司馬懿(しばい)は、諸葛亮(しょかつりょう)の死を確信する。そこで夏侯覇(かこうは)に偵察を命じ、蜀軍(しょくぐん)が密かに引き揚げの準備をしていると聞くや、全軍で総攻撃をかけた。 司馬懿は息もつかずに急追したが、その前に蜀軍が立ちふさがる。しかも、いつもの四輪車には諸葛亮の姿があった。仰天した司馬懿が逃げだすと、魏軍(ぎぐん)も大混乱に陥ってしまう。 第310話の展開とポイント (01)渭水の北岸 司馬懿の営 一夜、司馬懿は天文を観て愕然(がくぜん)とし、また歓喜して叫んだ。 「孔明(こうめい。諸葛亮のあざな)は死んだ!」 彼が総攻撃を命ずると、息子の司馬師(しばし)と司馬昭(しばしょう)は、父の異常な興奮に、かえって二の足を踏む。 息子らに諫められた司馬懿は、まずは夏侯覇(夏侯霸)に命じ、そっと蜀軍の空気を見定めてこさせることにする。 夏侯覇は命を

    吉川『三国志』の考察 第310話「死せる孔明、生ける仲達を走らす(しせるこうめい、いけるちゅうたつをはしらす)」
    shiromitsu
    shiromitsu 2020/05/10
    走らされた司馬懿を笑おうというのではありません。諸葛亮の偉大さを素直に認めていた司馬懿の大きさを、また同様に評価したいのです。
  • 吉川『三国志』の考察 第309話「秋風五丈原(しゅうふうごじょうげん)」

    諸葛亮(しょかつりょう)の禱(いの)りは、あと一夜というところで成就しなかった。だが、攻め寄せた魏軍(ぎぐん)にも取り乱すことなく、魏延(ぎえん)に命じて追い払わせる。 諸葛亮は、自ら著した24編の書物を姜維(きょうい)に託し、楊儀(ようぎ)にも一書を入れた囊(ふくろ)を手渡す。さらに、費禕(ひい)をはじめ信頼する者たちに後事を委ね、劉禅(りゅうぜん)への遺表を書き終えると、54年の生涯を閉じた。 第309話の展開とポイント (01)渭水(いすい)の北岸 司馬懿(しばい)の営 魏兵が大勢して、仔馬(コウマ)のごとく草原に寝転んでいる。一年中で一番季節のよい、涼秋8月の夜を楽しんでいるのだった。 そのうち不意にひとりの兵が、アッと言った。またひとりが指さし、そのほかの幾人かも、確かに見たと騒ぎ合う。 兵たちは、めいめい営内のどこかへ去っていく。上将に告げたのだろう。まもなく司馬懿の耳にも入

    吉川『三国志』の考察 第309話「秋風五丈原(しゅうふうごじょうげん)」
    shiromitsu
    shiromitsu 2020/05/10
    諸葛亮がいなければ三国時代はなかったかもしれません。文字どおりの粉骨砕身ぶりで、中盤以降は彼が主役でした。
  • 吉川『三国志』の考察 第288話「二次出師表(にじすいしのひょう)」

    街亭(がいてい)の敗戦以来、諸葛亮(しょかつりょう)は漢中(かんちゅう)に留まって蜀軍(しょくぐん)の再編制にあたり、ようやく目的を遂げつつあった。 趙雲(ちょううん)の訃報に接した後、諸葛亮は劉禅(りゅうぜん)に「後出師表(こうすいしのひょう)」を奉呈。出兵の許しを得ると、自ら30万の大軍をひきいて陳倉(ちんそう)へ進撃する。 第288話の展開とポイント (01)洛陽(らくよう) 魏(ぎ)の大司馬(だいしば)の曹休(そうきゅう)は、石亭(せきてい)の大敗を深く恥じ恐れて洛陽へ逃げ戻ったが、まもなく癰疽(ようそ。悪性の腫れ物)を病んで亡くなってしまう。 彼は国の元老であり、帝族のひとりでもある。曹叡(そうえい)は勅して厚く葬らせた。するとその大葬を機に、呉(ご)の抑えとして南の境にいた司馬懿(しばい)が、取るものも取りあえず上洛する。 諸将が怪しんで尋ねると、司馬懿はこう答えた。 「お味方

    吉川『三国志』の考察 第288話「二次出師表(にじすいしのひょう)」
    shiromitsu
    shiromitsu 2020/05/10
    趙雲の死。この人には劉備や劉禅を始め、お世話になった人が多いですよね。
  • 吉川『三国志』の考察 第286話「馬謖を斬る(ばしょくをきる)」

    諸葛亮(しょかつりょう)をはじめとする蜀(しょく)の諸将が、敗軍とともに続々と漢中(かんちゅう)へたどり着く。 諸葛亮は、街亭(がいてい)の戦いに関わった王平(おうへい)・魏延(ぎえん)・高翔(こうしょう)から話を聞いたうえ、大敗の責任を取らせる形で馬謖(ばしょく)の処刑を断行した。 第286話の展開とポイント (01)長安(ちょうあん) 長安に戻った司馬懿(しばい)は、ただちに曹叡(そうえい)にまみえて奏した。 「隴西(ろうせい)諸郡の敵はことごとく掃討いたしましたが、蜀の兵馬はなお漢中に留まっております。必ずしも魏(ぎ)の安泰が確保されたものとは言えません」 「ゆえにもし臣をして、さらにそれを期せよと勅したまわるならば、不肖、天下の兵馬をひきい、進んで蜀へ入って、寇(あだ)の根を絶ちましょう」 曹叡は献言を嘉納(喜んで受け入れること)しようとしたが、尚書(しょうしょ)の孫資(そんし)が

    吉川『三国志』の考察 第286話「馬謖を斬る(ばしょくをきる)」
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    shiromitsu 2020/05/10
    もう少し馬謖に謙虚さがあったら……。それでも彼ひとりの力では、末期の蜀を立て直すのは難しかったでしょうけど。
  • 吉川『三国志』の考察 第280話「美丈夫姜維(びじょうふきょうい)」

    安定太守(あんていたいしゅ)の崔諒(さいりょう)とは対照的に、天水太守(てんすいたいしゅ)の馬遵(ばじゅん)は、諸葛亮(しょかつりょう)の偽使者の計略にかからなかった。その陰には、姜維(きょうい)という名の若者の活躍があった。 諸葛亮は趙雲(ちょううん)に天水城を攻めさせるが、意外にも完敗。さらに諸葛亮自身も、姜維の巧みな戦略に敗北を喫してしまう。そこで別の策を用いて姜維を追い込み、ついに彼を帰順させることに成功する。 第280話の展開とポイント (01)天水 それよりも前のこと、天水太守の馬遵は重臣を集め、隣郡の救援について議するところがあった。 主記(しゅき)の梁虔(りょうけん)が言う。 「夏侯駙馬(かこうふば。夏侯楙〈かこうも〉)は、魏(ぎ)の金枝玉葉。すぐ隣にありながら、南安(なんあん)の危機を救わなかったとあれば、後に必ず罪に問われましょう。即刻兵を整えて、しかるべき援護の策を取

    吉川『三国志』の考察 第280話「美丈夫姜維(びじょうふきょうい)」
    shiromitsu
    shiromitsu 2020/05/10
    人材難の蜀に姜維が加入。だいぶ史実より若い設定になっていましたが、小説の中では最終盤に登場した希望の星的な存在。