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土木と建築と社会に関するsizukanayoruのブックマーク (10)

  • 習慣や規律をインストールする街、東京

    blog.tinect.jp 人間の意志というものは基脆弱なものと思っておいた方が間違いなく、「〇〇しようと決意する」というのは基無意味です。 (中略) 決意しただけで習慣を根付かせられる人というのは、存在しないとまでは言いませんが、まあ稀有でしょう。 恐らく「習慣を根付かせる方法」として最強なのは、「自然に動くと、勝手にそれをやっていることになる」という導線とインフラの整備なのではないかなあ、と。 リンク先の話に限らず、「自然に動くと、勝手にそれをやっていることになる」ような導線やインフラは、習慣や規律を身に付けていくにあたって重要だと思う。 たとえば精神科病院などもそうで、病室、ホールの間取り、テレビやテーブルの位置関係次第で患者さんはかなり変わる。 ホールでコミュニケーションをおのずと取りたくなるような病院もあれば、病室に閉じこもっていたくなる病院もある。患者さんが1人でいたい時

    習慣や規律をインストールする街、東京
  • 新国立設計ザハ氏と契約解除へ…文科省など検討 : 社会 : スポーツ報知

    新国立設計ザハ氏と契約解除へ…文科省など検討 2015年6月6日6時0分  スポーツ報知 国際コンペで選出された当初の新国立競技場デザイン案(JSC提供) 2020年東京五輪・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場(東京都新宿区)の整備計画が大幅に見直される問題で、文部科学省などがデザイン監修者としたイラク出身のザハ・ハディド氏(英在住)の事務所との契約解除を検討していることが5日、分かった。政府関係者が明らかにした。ザハ・ハディド・アーキテクツ側と設計を変更するよう交渉を行い、不調に終わった場合、契約を解除する方針だ。 政府関係者によると、現行案の「キールアーチ」と呼ばれる幅約370メートルある2の鉄骨部分が最大のネックとなり、現状の構造を維持する限り、整備費や工期の見通しが立たないと判断した。 すでに当初案から規模などを約2割縮小しており、ザハ氏側に再度の設計変更を依頼すること

    新国立設計ザハ氏と契約解除へ…文科省など検討 : 社会 : スポーツ報知
  • 公共建築にこそお金をかけて欲しい

    国立競技場の件がようやくマシな方向に動き出したようだけど、こういう公共建築物を巡る話でいつも 「お金をかけないで作って欲しい」「無駄は省いて欲しい」という話が出てくるのが気になっている。 俺は、公共建築こそ多少のコストがかかってもいいからきちんと考えられた素晴らしい物を作って欲しいと思う。 ちょっと前に地元の図書館が建て替えられた。 省エネでエコらしいが、なんのこだわりもないただの箱みたいな建物になった。 建て替えられる前の図書館には愛着が持てたけど、このプレハブみたいな新しい図書館には愛着を持てる自信がない。 一方、武蔵境に出来た武蔵野プレイスという図書館に行ってみたらこれが素晴らしかった。 老若男女が思い思いに使える自由な雰囲気の図書館だった。 多分あの建物は地域住民に多大な影響を与え、愛されながら成長していくだろう。 でも、この武蔵野プレイスは明らかにうちの地元の図書館よりコストがか

    公共建築にこそお金をかけて欲しい
  • 乗降客数世界最大の駅を使いこなせる人々が大雪で買占めをするという矛盾から見える、都市と人とのビジネスライクな関係 - concretism

    花粉症で朦朧とする意識の中、最近読んだ記事やブログを適当につまみい。 [徳力]世界の駅の乗降客数ランキングで日が上位を独占するほどの人数を毎日安定してさばけているのは、鉄道会社だけの手柄では無いという視点 確かに、日の大都市の各駅が、これほど多くの乗降客数を捌くことができているのは、乗降客側の協力のおかげだと思う。毎日見知らぬおっさんと頬を寄せ合うようにしながら電車に詰め込まれて通勤しているのは、誰に頼まれたわけでもない。しかしその協力意識の源泉を、日人のモラルなどといったところに求めてしまってよいのだろうか。 わたしは、都市とそこに住む人との関係は、もっとビジネスライクなものだと思っている。都市に住むことによる利益はなんなのか。それは、ある人にとっては高度な仕事と、それに対する高い報酬であるだろうし、また別の人にとっては、高い水準の教育であったりするだろう。一方で、その利益を得る

    乗降客数世界最大の駅を使いこなせる人々が大雪で買占めをするという矛盾から見える、都市と人とのビジネスライクな関係 - concretism
  • 日本の都市は空洞化も縮小もしない。輸出されている - concretism

    建設・不動産業界というのは斜陽産業といわれて久しく、もう国内には新しい建造物は要らないのだ、というのがある程度の共通認識になっていると思う。だから、われわれ建設・不動産業界にいる者は、どんどん海外に出ていかなければ、べていはいけないのだ、と。 実際、海外に市場があって、そこで稼いでいけるのであれば、どんどん行くべきだと思うし、また日の建設・不動産業には、これまで先進国として培ってきた技術・ノウハウがたくさんあるはずなので、それを生かして海外に活路を見出すことは現にできており、おそらくこれからもできていくのではないかと思っている。 それはそれとして、ここでは一つの視点に基づいて考えてみたいと思う。すなわち、日の都市は輸出されているのではないか、と。 2003年問題はなぜ起こらなかったか 2003年問題という言葉が、かつてあったのをご存じだろうか。いや、コンピュータが誤作動を起こすという

    日本の都市は空洞化も縮小もしない。輸出されている - concretism
  • 住宅の所有者としての「家族法人」という提案 - concretism

    俺の考えたかっこいい社会制度シリーズ最新作。たぶん、誰かが先におんなじこと考えてるんだろうけど、それがわかると書く気がなくなるので、敢えてググらない。 200年住宅とかいう頭の悪そうな提案が出てきたのは福田内閣のときだったと思いますが、200年とは言わないまでも、住宅の寿命を延ばそうというか、延びちゃってるというか、そういう傾向はこの寒暖乾湿の差の激しい日においても明らかであるように思います。 しかしながら、その住宅の所有者であるところの人間の寿命というものは、どんどん延びつつある住宅のそれと比べると非常に短い。死にかけのおじいちゃんを三杯酢に漬けると再生するという話もデマだったようです。30歳で住宅を取得しても、人間の寿命を80年としたら実際に住めるのは50年間。200年住宅の残り150年間はほかの人間が住むという計算になります。 50年しか住まないことが明らかである人間が所有する住宅

    住宅の所有者としての「家族法人」という提案 - concretism
  • まちづくりにおいて「ホームレス」は地域住民ではない? - とある地方公務員のブログ

    仕事が終わりふと公園をみえると、ホームレスらしき男性がカップ酒を片手に何かを眺めているようなうつろな目で空を見上げていました。 思い返せば、私は大学生のときにホームレス支援のボランティア活動もしていることもあり、ホームレス、路上生活者に対しては思うところがいくつかあります。 しかし、一般の住民にしてみると、ホームレスは同じ住民とは見ていないのかもしれません。 ホームレスは危険な存在という誤解 ホームレスに襲われる、治安が乱れるという不安をお持ちの方はいらっしゃいますし、当然の心配だと思います。確かに自分の家の近くの公園が大勢のホームレスがいるとしたら、お子さんをお持ちのご家庭は心配するでしょう。 しかし、実際はホームレスに接してわかるのは、別に周囲の人間に害を与える気は全くなく、むしろ、都市部ではホームレスが襲撃されたり、いたずらをされたりする事例が多く見られます。それに、ホームレスの平均

    まちづくりにおいて「ホームレス」は地域住民ではない? - とある地方公務員のブログ
  • 建設業界の格差社会は役所が作り上げているんじゃないの:ekken

    建設業に大きく関わりのある仕事をしている。 公共工事が激減して、競争が激しくなり、同業者や関連業者が規模の縮小をしたり、倒産しているところも少なくない。 お役所はこうした状況を考慮して、建設屋の下請けを保護するというタテマエでいろいろ面倒な手続きを行っている。建設屋に「下請けに分配するように」と前払い金を出したり、下請け会社に適正な価格で支払いが行われているかを確認するために、その見積もりを提出させたり。 だけどこれが実際に有効な手段なのか、と問われると、実のところ全く無意味な対策というか、悪用されているケースが多かったりする。 書類上は支払われたかのように見せかけるために、下請け会社に捺印をさせた書類を提出させるケースがあったり、不当に高額な「安全協力会費」で相殺されたり、激化した価格競争によって低価格した「実績価格」の参考にされたり。建設屋が不当に安い価格で下請け会社に発注しないように

  • 建設業界の格差の話の続き:ekken

    昨日に引き続き、建設業界の格差問題について。あるいは単なる仕事の愚痴。 昨日の記事 建設業界の格差社会は役所が作り上げているんじゃないの 仕事をしたらその対価は支払われて然るべき、と多くの人は思うはず。誰も好きこのんでタダ働きをしたいとは思っていない……と思うのだけど、実際のところどうなんだろう。少なくとも俺個人は「儲からない仕事はしたくない」と思っているし、まして趣味から外れた分野において無償で労力を提供するなんてまっぴらだ。ところが建設業界においては、テメェはそこそこおいしい商売をしつつも、他業者には無償で労力を提供させようとする組織が存在する。それが「設計事務所」だ。 「支障物件」というものをご存知だろうか。 道路の拡張などの区画整理計画の際、その実行の妨げとなる建築物の取り壊し・移転の対象となるものを「支障物件」という。この対象となった建築物の所有者には、移転や部分撤去の費用を補償

  • 学校の怪談ほか - 内田樹の研究室

    朝一で大学のチャペルアワーでお話をする。 いかにもころりと忘れていたのだが、前日たまさか宗教センターのおねいさんに廊下で「明日よろしくお願いします」とぺこりと頭を下げられたので、私はそのような礼を言われるいわれはないのである旨を申し上げたら、翌日のお話の担当に決まっていて、私はそれをグーグル・カレンダーに入力し忘れていたのである。 危ういところであった。 朝ご飯をべながらぱらぱらとコンコルダンスをめくって「学びと畏れ」にかかわる箇所を探して申命記4-10を「日の聖句」に選ぶ。 インターネットというものがなかった時代の遺物であるが、便利なものである。 大学で10分間「学びと畏れ」についてお話をする。 どうして「学校の怪談」というものがあれほど広く普及しているのに、「会社の怪談」というものは存在しないのか。 それは学校の「建築物としての構造」が「学びの構造」の比喩になっているからである。

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