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お題箱124 671.以前ツイートされていた雑な格言シリーズの「面接では嘘を吐いてもよい」や「結果が全て」等の意味を詳しく教えて欲しいです。現在進行形で振り回されてます このツイートですね。 仕事に関する言説って「面接では嘘を吐いてもよい」とか「結果が全て」みたいな、まあ正しいっちゃ正しいけどその言い方だと学生は誤解するだろみたいな「精緻な言語化を怠った雑な格言」が無限にあってだいぶ振り回されたのけっこうムカついてる — LW (@lw_ru) 2023年9月22日 いま無職なのでやや気が引けますが書きます(無職が語ることじゃねえだろと思ったので、念のため信頼できる社会人の友達に下読みしてもらって内容に問題ないことを確認しました)。 最初に書いておくと、僕は数百人規模の中小ITでしか働いたことがないので、価値観がその規模感に寄っています。仕事の感性は職や規模によってかなり違って、例えば同じ
朝日新聞の連載企画を基に先般刊行された朝日新聞社編『危機の時代に読み解く『風の谷のナウシカ』』(徳間書店)に寄稿した拙文(インタビューのフォーマットに合わせて編集者に合いの手を入れてもらった以外は当方の書下ろしである)は、紙面でもまた単行本でも大幅に縮減されたものである。徳間書店のご厚意によってここに原型を復元し公開する。 =================== ――研究者としての著書も多数あるなかで、稲葉さんの最初の著書は『ナウシカ解読 ユートピアの臨界』(1996年刊、2019年に増補版を刊行)です。稲葉さんは、今この作品をどう評価しますか。 宮崎駿のまんが『風の谷のナウシカ』はすでに古典になっています。古典になっている、ということの意味は色々ありますが、ひとつには後進にとっての模範、ベンチマークを提供している、というところです。これについては後に詳しく述べましょう。もうひとつは、もう
ここ何年か「ルッキズムは悪であり解体すべき思想」みたいな意見をネットで見るようになった、気がする 容姿を理由にした差別、容姿が悪い・外見が人と違うという理由の差別なんてそりゃ無い方が良いに決まってる エレファント・マンという映画があったけど、それも人と容姿が違うという理由で見世物小屋の名物になった男性の見ているだけで気分が沈むような悲しい話らしい 少なくとも自分は他人を嘲り蔑み馬鹿にする事を娯楽にしている奴を見かけたら不愉快な気持ちになるしこんな奴ら消えちまえ、と思う。(恐らくは自分も消える側になるけど) 「容姿差別反対」を掲げる上で「ルッキズム」という言葉が出て来るのは差別を一つ無くそうとしている動きだろうし良い事だ、と軽く思っていた ところがね この「ルッキズム」という言葉、使っているのは主に女性が多いんだけど 「綺麗な女ばかりチヤホヤしやがって…」「若い女ばかりチヤホヤしやがって…」
私が最初に「ポリティカルコレクトネス」という言葉を知ったのは、たしか「ベイマックス」が上映していた頃だったと思う。 この映画はポリティカルコレクトネスに沿った描写がこんなにあって、多様性が尊重されており素晴らしい!と作品を褒める文脈で使われていた。 その時は、とても良い概念だなあ、と思ったのだ。「作者が自作に対して自発的に用いるガイドライン」だと思っていたから。 たとえば、今まで手癖でなんとなく描いていた描写や設定について、一旦立ち止まって、こうすればより多様性のある表現になるのでは?と考えてみる。 考えてみて、元の描写の方がいいな、と作者が思えば、それはそれでいい。その理由が「なんとなくこっちの方が好き、収まりがいい」程度であっても。 そういう風に使われて、外野としてはポリコレに沿った描写があればプラス評価する、そういうものだと思っていたし、そうであって欲しかった。 だって、世の中にある
宇多丸さんが2021年7月19日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中で東京五輪の開会式の音楽制作担当である小山田圭吾さんの過去のインタビュー記事が問題視されている件について話していました。 (宇多丸)ちょっと今日もね、しかもあんまり愉快じゃない感じの話題が多いんですけども。まずはこのメールからご紹介させてください。「オリンピックで起用されたCorneliusこと小山田圭吾さんの過去の雑誌記事によるいじめ発言問題について、(記事を掲載した雑誌の発刊元である)ロッキング・オン・ジャパン編集長も謝罪文を公表したようです。この件について、TwitterなどのSNSにて様々な意見が交わされていますが、宇多丸さんはどうお考えでしょうか?」というメールでございます。 あの、SNSに限らず、ワイドショーでも今週は割とガッと一色になった感じがありますけども。Corneliusこと小山田圭吾さん
「あなたは動物が好きですか?じゃあ、どうしてその動物を殺して食べることができるのですか?」 最初に伝えておこう。 この記事は、とんでもなく長い。 私が書いた作品の中で比較しても、本の次に長い。 それはこの問題を取り上げるにあたり、一ヶ月以上にわたる密着取材を行なったのち、当事者と専門家にもインタビューを行い、それらを全て、ひとつの記事につめこんだからである。 (雨の日の取材) 興味のない部分は、飛ばしてもらっても構わない。 だけど私は、人間が多くの命を犠牲にしているとういう事実がある限り、どんなに面倒臭くても知るべきだという思いでこれを取り上げた。 ちょっと時間がかかるかもしれないけれど、もしもあなたが「肉」を食べたことがあるのなら、どうか最後まで読んで欲しい。 ーーー まずは問いかけたい。 あなたは動物が、好きですか? この質問を通してみなさんの頭に浮かんでくるのは、きっと一般的に「愛玩
普段から「日本には多様性が足りない」とか「LGBTQの受容が足りない」とダイバーシティーあふれる台詞を好んで使う女性の人事部の同僚と 最近ランチに行ったところ、どうやら子供を中学受験させることを考えているそうでなんでも都内の私立の女子校に通わせたいそうだ。 理由を聞くと「一緒に学ぶ生徒のレベルが高いからおかしな方向に進まないはず、公立中学なんて変な生徒がいっぱいいるし」と言っていたのだがそこに違和感と偽善性を感じた。 自分の子供をよい教育環境で育てたいという気持ちはもっともだが 普段から多様性だのダイバーシティーだのLGBTQだの声高に叫び人々に倫理性を問うている人が 自分の子供には本物の多様性や性別の異なる人の交わる公立の共学中学に通わせず 均質性の高い一つの性別しかない学費の高い私立学校に通わせるというのはあまりに偽善的だと感じる。 僕自身は公立中高を経て東大を卒業した身だけど、公立中
なんかまた最近、女の子を描いた絵が過度に性的とかそういうはなしで、Twitterの方で炎上があった模様です。 www.asahi.com www.itmedia.co.jp こういう話題については、このブログでも何度か取り上げてきました。 amamako.hateblo.jp amamako.hateblo.jp amamako.hateblo.jp なので、こういう問題に対しての僕の原則的立場とかは、上記の記事を読んでいただければと思います。 ただ、こういう炎上をいっぱい見てきて、僕には一つ思うことがあるのです。 それは、「オタクとフェミニズム、なんでこんなに仲が悪くなっちゃったの?」ということです。 かつて、オタクとフェミニズムが結構仲がいい時代があった……少なくとも、僕の認識では こういうことを言うと、多くの人はきっとこう思うでしょう。「オタクとフェミニズムってもともと仲悪かったんじ
トランプの人格や発言は耐えがたく、人としてとても許容できない。それでも私は「トランプ当選」を望む。その理由をお話ししよう。/文・エマニュエル・トッド(歴史人口学者) <この記事のポイント> ●今の米国は「分裂状態」と「良好な経済状態」という二つの矛盾した現実がぶつかり合っている ●高学歴エリートはリベラルであるはずなのに「自分より低学歴の大衆や労働者を嫌う左派」という語義矛盾の存在になり果てた ●米国の歴史を前に進めるにはまず民主党の側に“意識改革”が必要。そのための最良の方法が、バイデンを当選させないこと トッド氏トランプの再選が望ましい 「トランプ再選となれば、米国の民主主義も終わりだ!」といった言辞が繰り返されています。米国に限らず、エリート層が好む高級メディアほど、この論調です。トランプが、下品で馬鹿げた人物であることは言うまでもありません。私自身も、人として、とても許容できない。
黒いスーツを着て永田町や溜池山王、霞が関あたりをウロウロしていても誰も何も奇異に思わないのでしょうが、うっかり池袋や新宿副都心に出ると「なんだこいつ」とか「このクソ暑いのに上下スーツかよ馬鹿じゃねーの」という視線を戴くことが多くございます。 ある集団、ある地域では当たり前のことが、一歩外に出ると非常識で変態に見られるというのはままあるわけでして、その代表格が会議体において議事録が非公開であったり、そもそも議事録が作られないということに対して、国民からすれば「会議をやっておきながら、検証不可能なように議事録を残さないというのは無責任だ」という話になるわけであります。 その極北がこういった報道でありまして、一般的な観点からすればまさにその通りであり、何か変な決め事をするときに「誰がそんな変なことを言った馬鹿か」が検証できないのは望ましくないよね、と私ですら思います。 ほんと、馬鹿は死んでほしい
Go Toでちょっと高い旅館に泊まったら、大失敗。出てきた夕食がこれ。さらに天麩羅とごはん、お吸い物。多すぎて到底食べきれない。シニア層がメインターゲットのはずなので、つまり廃棄前提(としか思えないし、実際にかなりの廃棄が出ているはず)。不味くはないけど、体験価値としては…… pic.twitter.com/hw3xsCQTfM — よりかね けいいち@子どもに伝えたいIT/メディアリテラシー(noteサークル) (@k_yorikane) August 10, 2020 先日、「旅館で出てきた料理が多すぎる」という苦言風のtweetが拡散し、結果的に宣伝効果があったこと、そして発信者のプロフィールに「田端大学」というキーワードがあったことから「炎上マーケティングではないか」と話題になりました。 この田端信太郎という方を調べてみると、以前にも「コロナ禍で同業者が倒産すれば競合が減るのだから
クラスに1人は「ひまわり学級」の子がいた。いつも教室の後ろの掃除用具入れに上って犬の鳴きまねをしたり、机の上に立って踊ったりしていた。班対抗百ます計算レースでも、その子が入っている班はいつもビリだった。宿泊研修の沢登りでは、その子を含めた私の班は、目標時間から1時間遅れてゴールした。水が怖いと泣き喚く彼女を必死でなだめるが、ただ足をジタバタさせるばかり。周りに頼れる人は誰もおらず、私もパニックになったのを覚えている。しかし、彼女の気持ちを想像すると決して酷いことは言えなかった。彼女について何も説明はなかったが、ただ彼女が自分の意思でそれをしているのでは無いことは見て明らかだったからだ。もし私があの子だったら、酷いこと言われたら、きっと「なんで?」って思うだろうな。さみしいだろうな。ただその意識だけは持ち続けていたように思う。 https://www.mext.go.jp/a_menu/sh
TL上でラブドール規制について数日前から大戦争が起きていた。火事と喧嘩はWebの華。それもネタが「ラブドール」。つい面白そうだとのぞきに行った。どうやら以下のリンク先(魚拓)が火元らしい。 アダルトショップ内に子ども型ラブドールが置いてあって「合法レ〇プ」というPOPもついていた。それをこのゆみさんという人が撮影して、Twitterにその画像を流した。まあ、荒れそうですよね。 欧米では既にこういったラブドール類の規制に向けての動きがあるとかないとかで、日本もそれに追従するのか?ということで喧々諤々の議論というか、なじりあいが始まったようだ。 その辺の詳しい流れは知らないので、noteで検索をかけたらやっぱりあった。まとめてくれているのはヤヤネヒロコさんではないですか。いい仕事をしてくれる。流れ自体はこちらを確認してもらいたい。 さて、ぼくの興味は「なぜ人はラブドールでオナニーしている見知ら
もともと「負の性欲」とは、「リョーマ」と名乗る(アンチ・フェミニスト系の)アカウントが2019年7月に考案したワードである。「女性による、よりよい子孫を残すための男性に対する選別と、そうした選別によって『アウト』と判定した相手に対して(自己防御的に)発露する生理的嫌悪感」を指し示す語だった。 「リョーマ」氏のアカウントはツイッター規約に違反しているとされて凍結された。「負の性欲」が爆発的な流行を見せ、ミームとして急成長したのは、発案者がツイッターを去った後のことであった。 女性から男性に対する「キモい」ということばは、しばしば「『キモい』という感情を抱かされた私は被害者だ(そして加害者は、キモいアイツである)」といったニュアンスを帯びる。「キモい」「生理的に無理」といった拒否反応を、他人に向けることの加害性に無自覚な人びとに対する批判的説明として、「負の性欲」ということばには、大きな説得力
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