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医療と仕事に関するtoyaのブックマーク (27)

  • メルカリを退職して、Yuimediに入社しました - hiroppy's site

    メルカリを退職した - 技術探し 6ヶ月でしたが、退職することになりました。 当にありがとうございます。 環境 アメリカと日のプロダクトで活動していて、フロントエンドチームに所属していました。 特にメンターでチームリーダの方からは... 一回目の退職の後に、アイルランドに住みながらメルカリ Web のリアーキテクチャに関する技術顧問として 1 年半ほど働いた後に日に帰ったタイミングでお誘いを頂き、2019 年の 11 月に二回目の正式な入社をしました。 メルカリでやったこと 入社後、リアーキテクチャとは異なりますが、メルカリ web の刷新プロダクトがはじまるということだったのでそちらに一年ぐらい開発に関わっていました。その後に、再度設立されたソウゾウの初期メンバーとして参加することとなりました。 メルカリ チームメンバーとは 2017 年や技術顧問時代からの知り合いも多く、プライベ

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  • 「更年期離職」キャリアが絶たれ… 莫大な経済損失も | NHK政治マガジン

    気分の落ち込みや体の痛みなど、更年期にあらわれる症状が原因で仕事を辞めざるを得なくなる、いわゆる「更年期離職」。 40代と50代の男女合わせて57万人に上るとみられ、キャリアアップに支障が出るだけでなく、経済損失も多額に上ることがわかりました。 国は、今年度から初めて更年期の症状が仕事に与えている影響などの実態調査を行うことになりました。 「更年期離職」の実態と、対策は… (社会番組部 市野凜、政経・国際番組部 宣英理) 更年期は心身の不調が 男性にも 更年期は女性の閉経前後の10年間、40代後半から50代前半をいい、個人差はありますが女性ホルモンがおおきく揺らぎながら急激に減少することによってほてりや不眠、けん怠感、気持ちの落ち込みなどさまざまな心身の不調を引き起こします。 また、男性もメカニズムは違いますが、ストレスなどによって男性ホルモンが減少することで多くは40代から60代にかけて

    「更年期離職」キャリアが絶たれ… 莫大な経済損失も | NHK政治マガジン
  • 仕事でベストを尽くせない産後の私を支えてくれたのは、誰かが記した「弱さ」だった(寄稿・紺) - りっすん by イーアイデム

    文 紺 産後に職場復帰し、ある程度仕事にも慣れた頃、ふと「以前の自分なら、もっと仕事にコミットできたのに」と感じた経験がある人は少なくないかもしれません。子育てをしながら働く上では、産前と同じような働き方をすることは難しいもの。そんな中で「私は役に立てているのだろうか」と、つい自分を責めてしまう場面もあるでしょう。 1児の母であり内科医として働く紺さんは、出産をきっかけに以前のようなハードな働き方を見直したそう。しかしそんな中でも時折、以前のように第一線で働けないことに、もどかしさを感じる場面があるといいます。 そんな紺さんが気持ちを切り替える手段として選んだのは、同じような悩みを抱える人たちが記した文章に触れ、自身でも書き残すこと。読むこと・書くことを通じ、産後働く中での自責感にどのように向き合ってきたのかをつづっていただきました。 出産と育児の厳しさに、医師としての自負が打ち砕かれた

    仕事でベストを尽くせない産後の私を支えてくれたのは、誰かが記した「弱さ」だった(寄稿・紺) - りっすん by イーアイデム
  • がんになっても働ける ~傷病と仕事の両立・会社と社員にできること~【会社の思い、実務でできること】 - NOVILOG

    こんにちは、ノヴィータ広報、中根です。 日、当記事と対になる形で「がんになっても働ける ~傷病と仕事の両立・会社と社員にできること~【社員の思い】」という記事を掲載しました。 ノヴィータとしても初めての事例となった「がん闘病中の社員、Yさんのサポート」についてご紹介しています。 こちらの記事では主に経営者、人事総務担当者の方向けに、会社として傷病社員のサポートでは具体的に何をしたのかお伝えします。 社長 三好と上長 川村の話を中心に、Yさんも交えた対談の形でお送りしますので、社員のさまざまなライフイベントに対応できる組織作りの参考に是非ご覧ください。 ファーストステップ 情報収集とタスク表作成 中根:もう一方の記事では順を追ってYさんの闘病経験についてお伝えしています。こちらでは会社として、上長として、三好さんや川村さんが具体的にどのようなサポートをしたのか改めて聞かせていただければと。

    がんになっても働ける ~傷病と仕事の両立・会社と社員にできること~【会社の思い、実務でできること】 - NOVILOG
  • 入社して一週間、素早く生き残るためにやったこと(Ubie) - maru source

    こんにちは丸山@h13i32maruです。1.5ヶ月の仮想無職をおえて、ついに3月1日から新しい会社(Ubie ユビーというヘルステックスタートアップ)で働き始めました。一週間働いてみて思ったのは、医療ドメインとUbieの事業構造(課題、ソリューション、プロダクト、マーケット)がおもしろい。これにつきます。医療ドメインは誰にとっても身近でありながら、その奥にはすごい森が広がってるみたいな感覚になりました。知的好奇心をうずうずさせるようなプロダクト開発が好きな人には凄く合うと思います。 そんな面白いことに関わるんだから早くパフォーマンスを出したい!というわけで、入社して一週間でやったことを残しておきます。事業構造の図を書いてみたり、組織の波に乗ったり、Slackの分報を活用したりなど。先日の転職の意思決定という記事では事業ドメイン、組織、自分の成長、報酬という軸で考えたので、今回もそれに合わ

    入社して一週間、素早く生き残るためにやったこと(Ubie) - maru source
  • 某国立病院のITエンジニア職を辞めることにした

    はじめに予め伝えておくが、身バレ防止に、多少だがフェイクを織り交ぜた内容になっている。 そして、そのフェイクも他の医療機関(国立と名の付くどこか)での実際の出来事を複数織り交ぜている。 だが、伝えたい実情に偽りはない。 高度な医療を担う国の機関で、エンジニアと組織がこれほど腐っていては、将来性もへったくれもないと思うんだ。 某国立病院は国そのものではない。 だが、公的な組織がシステム構築・運用するとどうなるか、多少でも公にし、何かを考えるきっかけ・ヒントになってほしい。 役所的な仕事の仕方を受け継いでいるはずだと思うから。 ちなみに、次の仕事は、ある大手の企業で新システムの導入支援をすることになった。 私としてはそちらの仕事のほうが面白いし、自分の能力・経験にとってプラスになる。 自分主任(電子カルテとか色々)地方国立大学院卒(情報工学) 前職は大手システムインテグレータで専門はインフラ

    某国立病院のITエンジニア職を辞めることにした
  • がんになっても働ける ~傷病と仕事の両立・会社と社員にできること~【社員の思い】 - NOVILOG

    こんにちは、ノヴィータ広報担当の中根です。 今回はノヴィータとしても初の事例となった「がん闘病中の社員サポート」について、NOVILOGにてご紹介させてください。 2019年春、ノヴィータには20代で卵巣がんと診断された社員がいました。 治療が上手く進み一段落ついた今、闘病経験を発信したいと自ら提案してくれたYさんはこう語ります。 「同じ病気で苦しんでいる人に『がんになったからって仕事をやめなくてもいい、症状が落ち着けば元気に働ける』ことを伝えたい」 主として対応にあたった社長 三好、上長の川村を交え、Yさんの「傷病と仕事の両立」について話してもらいました。 _______________ 病気発覚までの経緯 中根:まずは、今回NOVILOGを通じた情報発信を提案してくれてありがとうございます。広報としてお礼を言わせてください。 Yさん:こちらこそ、お話をする機会を作っていただけて嬉しいで

    がんになっても働ける ~傷病と仕事の両立・会社と社員にできること~【社員の思い】 - NOVILOG
  • 元NHKアナウンサー内多勝康さんが50代でキャリアを捨てて転職した運命の仕事とは(ハルメクWEB) - Yahoo!ニュース

    NHKアナウンサーの内多勝康さんは2016年にNHK退職し、国立成育医療研究センター「もみじの家」のハウスマネージャーに転職。医療的ケアが必要な子どもとその家族のための施設です。52歳での大転身は、どのようにして起こったのでしょうか。 こんにちは、内多勝康(うちだ・かつやす)です。数年前まではNHKのアナウンサーをしていました。「首都圏ニュース845」や「生活ほっとモーニング」のキャスターなども担当していましたから、覚えてくださっている方もいるかもしれませんね。 現在、僕はNHKを辞め、国立成育医療研究センターにある「もみじの家」で働いています。これは医療的ケアが必要な子どもたちとその家族が短期間滞在できる施設のこと。僕はここで管理業務を行うハウスマネージャーの仕事をしています。 実は、日は「世界で最も赤ちゃんの命を救う国」であることをご存じでしょうか。 医療の進歩によって、体重が5

    元NHKアナウンサー内多勝康さんが50代でキャリアを捨てて転職した運命の仕事とは(ハルメクWEB) - Yahoo!ニュース
  • PCR検査を受けた話 - 天国と地獄の間の、少し地獄寄りにて

    ここ1週間ばかり、ちょっとした騒ぎがあった。発端は高校3年生になる息子の発熱である。 息子は、箱入りで育てたせいか無理のきかない性質があって、フル稼働運転を続けるとどこかでダウンして熱を出す。そういう人だとわかっているので、今回、熱を出したのも、結局はコロナ後に再開した学校のスケジュールが詰みすぎていたのが原因なのだろうと振り返って思う。だが、最初に発熱の報告を聞いたときは、不意をつかれてとまどった。私が仕事中、「しんどいけど、どうしたらいい?」と電話がかかってきたのだ。考えてみたら、そこからが奇妙なことだった。 息子は、大学入学関係の何かがあって(どういう趣旨で大学に招集されたのだかいまだによくわからない)、志望する学校に行っていた。少し遠い場所にある大学で、片道3時間ぐらいかかる(なので来年からはもう少し学校に近い私の実家に彼は拠点を移すのだろう)。遅くに帰るという話は聞いていたし、な

    PCR検査を受けた話 - 天国と地獄の間の、少し地獄寄りにて
  • 大塚篤司氏に聞く「バーンアウトしない・させない」医師の働き方|医師のキャリア情報サイト【エピロギ】

    大塚篤司氏に聞く「バーンアウトしない・させない」医師の働き方 かつてバーンアウトを経験した病棟医長の考える、医師を“楽しむ”ために必要なこと 大塚 篤司 氏(皮膚科医/京都大学医学部特定准教授・病棟医長) 2020.09.08 「医師の働き方改革」が叫ばれて久しい。長時間労働に当直・オンコールの負担、確保できない睡眠時間や休日――。従来のシステムが制度疲労を起こす中、社会に不可欠な医師という職業を、どうすれば持続可能な形で次世代に残していけるのか。 このような状況下で、患者のために「最善を尽くす」ことと、過重労働に陥らず「心身を健康に保つ」ことの両立に頭を悩ませる医師も多いだろう。著書『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版)でその重要性を指摘した、京都大学大学院医学研究科・医学部特定准教授で皮膚科専門医の大塚篤司氏もその一人だ。 大塚氏は同書で過去のバーンアウトの経験を公表。現在は同大学医学

    大塚篤司氏に聞く「バーンアウトしない・させない」医師の働き方|医師のキャリア情報サイト【エピロギ】
  • 医療従事者をやめると決めた話|hato

    冒頭からいきなりの自己紹介で恐縮だが、私は医療従事者の職について十数年になる。 今までこの手で守ってきた、救う手助けをしてきた命は老若男女合わせて1000人はとっくに超えているくらいになると思う。 最期を看取った命はそのうちの何人だっただろうか、数えるのも悲しいほどの数になっている。 医療従事者の仕事が、医師ナース介護士薬剤師検査技師etc...そのどれにおいても過酷で重労働で責任重大なことは他のやドラマやニュースやSNSで散々言われてきているから今更私が詳細を語る気はないが、そのどれもが仰るとおりで、実際に過酷で重労働で責任重大な仕事である。 それでも長年やって来られたのは、 やはり「命を守れた、救えた」という喜びと、 「守りたい、救いたい」という想いを捨てたことが無かったからだった。 ほんの昨日まで冗談を言って笑っていたひとの最期を看取るときの絶望や、常にある様々な病気の感染リスクや

    医療従事者をやめると決めた話|hato
  • 天職をみつけた「紛争地の看護師」が挑む究極の「対症療法」 :高井浩章 | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト

    「国境なき医師団(MSF)」の看護師としてシリア、イエメン、イラクなど内戦による人道危機の現場に何度も足を踏み入れた白川優子氏(45)。自身の半生と戦地での経験をつづった『紛争地の看護師』(小学館)は大きな話題を呼び、発刊から1年を経てロングセラーとなっている。 どこにでもいる普通の高校生だった彼女が、なぜ幾度も危険な紛争地に向かう人生を選んだのか。混迷する中東情勢への思いや、看護師を「天職」と言い切る職業観、そして若者たちへのメッセージを語ってもらった。

    天職をみつけた「紛争地の看護師」が挑む究極の「対症療法」 :高井浩章 | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
  • 突然目が見えなくなりました記|小口覺

    2018年の2月、突然に目が見えなくなりました。まっ暗闇。約1ヶ月の入院の末、幸いにして今は視力が回復していますが、その記録をここに公開します。何か参考になれば投げ銭をお願いいたしまする。 目次●前兆の頭痛 ●昼なのに暗い! ●検査をしまくって緊急入院 ●ステロイドパルス治療 ●仕事? できるわけないだろ! ●副作用で太る&花粉症を感じない ●原因が判明する ●目が見えないと容姿で人を差別できない ●目が見えないと、ごはんが美味しい ●性欲がなくなる怪奇現象 ●ライター・イン・ザ・ダーク ●目が見えなくてもスマホは使える(リンク) ※この原稿はBOOTHにて公開した「ライター・イン・ザ・ダーク 目が見えなくなると何が起こるか」と同一の内容です。 前兆の頭痛 目の奥を中心に、軽い頭痛が1週間ほど続いていました。振り返れば、あれが前兆ですね。その時(1月の末)はインフルエンザが流行っていて、長

    突然目が見えなくなりました記|小口覺
  • 株式会社メルカリを退職しました - PM memorandum

    これはなにか いわゆる、退職エントリと言うやつである。 先日、約2年と6ヶ月の間勤めた株式会社メルカリの最終出社を終えた。 多大なる感謝と濃密すぎる2年半で、めっちゃ長文になったけど、ご勘弁を。 目次 なぜメルカリに入ったのか メルカリでなにをしたのか メルカリで得たもの 内側から見たメルカリ では、なぜ辞めるのか? なぜそれをやるのか? ぐちゃぐちゃした思いの中で、ひとつ明確に言えること 最後に なぜメルカリに入ったのか メルカリに入る前は、サイバーエージェントで一貫してゲーム畑のPMをやっていた。 SFでのアメリカ支社の立ち上げ→大型ソシャゲタイトルの運用→自社IPタイトルの新規リリースetc.と、いろいろと経験を積ませてもらった。 きっかけはBizDevのミートアップだった。「ちっちゃいベンチャーがヤマト運輸と提携、ってどんなマジック使ってんのよ?」くらいの、ほぼ冷やかしと言っても過

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  • 「脳梗塞になって、漫画家しか進む道がなくなった」――視野欠損で描き続ける決意 - Yahoo!ニュース

    山下和美さん(59歳)は『天才 柳沢教授の生活』や『数寄です!』『ランド』など、華麗な絵柄と大胆な構図で人気の漫画家である。だが21歳のとき、若年性脳梗塞を発症し、後遺症で両目の視野の右側に見えない部分ができた。「視野欠損」だ。漫画家として大きなハンディともいえるが、山下さんは「病を得たことで、前向きになれた」と語る。38年の漫画家生活をいかに送ってきたのか。(ライター・矢内裕子/Yahoo!ニュース 特集編集部)

    「脳梗塞になって、漫画家しか進む道がなくなった」――視野欠損で描き続ける決意 - Yahoo!ニュース
  • 撮影受注のお知らせ。|幡野広志

    ガンと診断されて8ヶ月。 この8ヶ月は治療をしたり、取材をしたり取材を受けたり、文章を書いたり、講演活動したり、旅行に行ったりと毎日楽しい日々なのですが、体が動くようになってくると撮影の仕事をしたいという気持ちになってきました。 体の自由がきかないという理由で、ずっと撮影の仕事はお断りしていたのですが、杖に頼らずとも生活できるようになったので、そろそろ仕事復帰しようかと思います。すでに医療法人や医療従事者から撮影の依頼が来ているぐらいだから、きっと大丈夫です。 やはり撮影の仕事をすることが、自分のアイデンティティーの一つだったのだと思います。 各種媒体の方は規定の料金でお引き受けしますが、撮影内容にもよりますので、ご依頼の際は詳細をお知らせください。文章も書けます。どこか遠くにいって自由に撮るのが好きです。僕の特性を上手く使ってくれる撮影が嬉しいです。 個人の方からの撮影依頼がたくさん来て

    撮影受注のお知らせ。|幡野広志
  • 心臓へたっちゃってますけど大丈夫 その6 | 村井さんちの生活 | 村井理子 | 連載 | 考える人 | 新潮社

    ―You can't have a rainbow without a little rain.― 著者: 村井理子 DAY 12 術後八日目 ペースメーカーに繋がれていた青いコードの束がついに抜かれ、体外式ペースメーカーが外された。お腹から飛び出していたコードはとても邪魔だったので、ほっとした。「心臓に引っかけてあるんですよね~」と、若干うれしそうに先生が説明していたもので、抜かれた時の、なんとも言えないプチプチ感……。コードの先端が心臓から外れた(ひっこ抜けた)時の、心臓が引っ張られるような、あのわずかな抵抗と衝撃。「オレはいつもここにいる。それを決して忘れるな」と心臓に言われているような気分だった。ホラー? 体外式ペースメーカーが外れたことで自由度はぐっと上がり、病院内であればどこに行ってもいいと許可が出た。「そうだ、屋上のレストランに行ってもいいっすよ。なんでもべていいっすから!

    心臓へたっちゃってますけど大丈夫 その6 | 村井さんちの生活 | 村井理子 | 連載 | 考える人 | 新潮社
  • 農家の私が、乳がんをきっかけにブログを始め、本を出版することになった話(寄稿:ホマレ姉さん) - りっすん by イーアイデム

    文 ホマレ姉さん たっぷりの野菜を使ったレシピと、美しい料理写真で人気のはてなブログ「今日、なにべよう?〜有機野菜の畑から~」。著者のホマレ姉さんに、有機野菜農家として働く中でブログを始め、レシピを出版することになったきっかけについて寄稿いただきました。 *** 私の仕事は有機野菜農家 私たち夫婦が有機農業を始めようと、岡山県の北部に引っ越してきたのは、今から21年前(1997年)のことだ。 以前の私はデパートなどでディスプレイを専門に行うデコレーターという仕事をしていたが、夫は学生時代から農業に魅力を感じていたようだ。 当時はバブルが崩壊した直後ということもあり、デパートの仕事は減り始めていたし、子供は田舎で育てた方が良いんじゃないかとの思いもあって、私たちは格的に農業という職業を検討し始めた。 農業のを読んだり、近隣で有機農業を営んでいる農家さんを実際に訪ねたりして、自分たちが

    農家の私が、乳がんをきっかけにブログを始め、本を出版することになった話(寄稿:ホマレ姉さん) - りっすん by イーアイデム
    toya
    toya 2018/07/25
    農業をスタートして軌道に乗せるのもすごいのに闘病もされていたとは
  • 犬(きみ)がいるから - 来客のあとで | ウェブマガジン「あき地」

    二月に書いたきり、ぷっつりと途絶えてしまった名犬ハリー号のハートウォーミング連載「犬がいるから」。四か月ぶりの更新になってしまった。大変ご無沙汰してしまい、申し訳ありませんでした。 いやはや、当に大変だったのだ。何が大変だったかというと、息子たちの高校入学、そしてその後の数か月が想像以上に怒濤の日々だった。自分が高校生だった頃を思い出しては、母として一体どうしたらいいのかと悩みまくったのだが、息子たちにとって高校進学という環境の変化は、私の想像以上に大変なことだったらしい。彼らに比べ、私は随分鈍感なティーンだったのかもしれない。なにせ、葛藤が記憶にない。ただただ、通っていたような気がする。部活は帰宅部、趣味は買いい。私は当に鈍感な子であった。しかし息子たちは違う。私と彼らとの間で緊迫したやりとりが増え、大いに悩まされた。申し訳ないとは思いつつも、ハリーのことを一番に考える余裕がなかっ

    犬(きみ)がいるから - 来客のあとで | ウェブマガジン「あき地」
  • なんで助産師での男性差別が認められてるの?

    看護婦はいなくなって看護師になった 男でもなれるようになったし職業としての需要もあったりするんだろ 普通の会社員の仕事も男だけ女だけで募集すんのは禁止になってる 男女雇用機会均等法があんのになんで助産師だけは男がなれないの? こんな明らかな男性差別があっていいわけないだろ 女性のプライベートな体の部分を相手にする仕事だからとかいう人もいるみたいだけど それならそもそも産婦人科医も全部女じゃなきゃダメだろ もはや助産師がおんながやらなきゃいけない正当性はどこにもない こんなもん許されていいはずないだろうが 追記 こんなに日人の差別意識が強いとは思わなかった 正直言って反吐がでる 黒人が嫌だから、黒人は黒人用のトイレ用意してやるからそれ使えってのとどう違うのか 差別意識を持ってる側が意識改革する必要があるのにそれを相手に問題があると責任転嫁する 当に醜悪な差別主義者たちだな 産婦人科医に男

    なんで助産師での男性差別が認められてるの?
    toya
    toya 2017/12/16
    はずかしながら知らなかった……