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MapとHistoryに関するtybaltのブックマーク (23)

  • 端原氏系図及城下絵図 - Wikipedia

    「端原氏城下絵図」 『端原氏系図及城下絵図』(はしはらしけいずおよびじょうかえず)は、小津栄貞(弥四郎)、のちの居宣長が作成した[注釈 1]、架空の氏族「端原氏」の系図および城下絵図である。延享3年(1746年)から4年(1747年)ごろに執筆がはじまり、延享5年(1748年)には中断された[2]。いずれも松阪市が所有しており、昭和43年(1968年)より「居宣長稿類並関係資料 千九百四十九点」の一部として重要文化財に指定されている[3]。居宣長記念館所蔵[2][4]。 宣長は享保15年(1730年)、伊勢国松坂の裕福な商人である小津家に生まれた。12歳ごろから斎藤松菊より『今川』や『江戸往来』、岸江之仲より『小学』『大学』『中庸』『論語』『孟子』、謡曲などを学んだ[5]。また、延享2年(1745年)4月から翌年3月まで、江戸・大伝馬町にある叔父の店に寄宿した[1]。 青年期の宣長

    端原氏系図及城下絵図 - Wikipedia
    tybalt
    tybalt 2026/05/22
    江戸時代にも空想地図を作ってる仲間がいたんだな。湖に注ぐ二本の川に挟まれた土地に築かれた都市。
  • 本居宣長の空想都市「端原氏城下絵図」を読み解く|大林組の広報誌「季刊大林」

    精緻な古典研究で知られる江戸時代の「知の巨人」居宣長。「端原(はしはら)氏城下絵図」は、彼が19歳のときに「端原氏系図」とともに描いた架空の理想都市図である。その地図には、自然地形に囲まれた城下町の全容が描かれ、系図中の人物名が書き込まれている。また周囲の山々には多くの神社仏閣が配され、川や橋に古典にまつわる名も見え、文化的な街の様子がうかがわれる。宣長にとって、この地図はどのような意味を持つものだったのだろうか。プロジェクトでは、「端原氏城下絵図」を細部にわたって検証し、その読み解きの過程を可視化。若き日の宣長が創造した都市像を立体復元し、そして思考の具体化に挑戦する。 1730(享保15)年に伊勢国松坂で生まれ、後に日を代表する国学者となる居宣長。彼がまだ小津栄貞(おうづよしさだ)と名乗っていた19歳の頃に描いた1枚の古地図が、今回のプロジェクトの主役である。 端原氏城下絵図 

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    tybalt 2026/05/22
    3D データで欲しいな
  • 川崎に存在する「巨大な渦巻き状の道路」の謎を解明した その起源は400年前の洪水に

    1992年三重生まれ、会社員。ゆるくまじめに過ごしています。ものすごく暇なときにへんな曲とへんなゲームを作ります。 前の記事:みんなで集めた「謹賀新年」の貼り紙を眺めよう!使いまわし?新作? > 個人サイト >ほりげー >ライターwiki 巨大渦巻き 地図を眺めていて見つけた不自然な形の道路。その場所はJR南武線平間駅の近くにある。まずはこちらの地図[1]を見てほしい。 上平間という地区に、渦巻き状の道路が存在する 巨大な渦巻き模様が地上絵のように浮かび上がっており面白い。しかしなぜこのような道路が存在するのか、正直かなり気になる。 例えば、戸塚には「深谷通信所跡」という円形の道路があるが、そこは日軍の無線通信所の跡地である。船橋の行田団地にも円形の道路があり、そこも日軍の無線通信所の跡地である。今回も無線通信所の名残りなのだろうか? 現場に行く とりあえず現場を見に行こう。 JR南武

    川崎に存在する「巨大な渦巻き状の道路」の謎を解明した その起源は400年前の洪水に
  • 多摩ニュータウンの巡検(フィールドワーク)に参加する:南大沢編 90年代以降の団地づくりはどう変わったか

    多摩ニュータウンの巡検(地理のフィールドワーク)に参加した。永山周辺と南大沢周辺だ。先日の記事では永山周辺を歩いた。今回は南大沢のようすを報告する。 前回までのあらすじ 先日「多摩ニュータウンの巡検(地理のフィールドワーク)に参加する」という記事を書いた。 前回の記事 この記事は前回からの続きではあるが、この記事だけを読んでも意味が通じるように、あらためて多摩ニュータウンとはなにか、巡検とはなにか、そして前回のようすがどんなであったかをおさらいしたい。 多摩ニュータウンの巡検は、もともと地理を専攻していた有志でつくる「みんなで地理プラーザ!(地理プラ)」が企画した街歩きで、巡検とは地理学でいうフィールドワークだ。以前から憧れていたので、参加してみた。 多摩ニュータウンは東京の西部、多摩市を中心に整備された地域で、下の地図で赤く囲ったところだ。 右側に緑で囲ったのが山手線なので、多摩ニュータ

    多摩ニュータウンの巡検(フィールドワーク)に参加する:南大沢編 90年代以降の団地づくりはどう変わったか
  • 多摩ニュータウンの巡検(地理のフィールドワーク)に参加する 横断すると十年単位の街づくりの変遷が一日で見られる

    多摩ニュータウンはどこにあるか 実際に歩く前に、まずは基的なところを確認したい。多摩ニュータウンは東京の西部、多摩市を中心に整備された地域で、下の地図で赤く囲ったところだ。 けっこう大きな範囲だ。右側に緑で囲った山手線の範囲と比べてほしい。山手線の内側をぜんぶ更地にして団地を建てることを想像すれば、その規模がわかる。 巡検に参加する 集合場所は京王線と小田急線が走る永山駅というところ。 ここが多摩ニュータウンの入口らしい 左端にいるのが地理プラの山口健太さんで、きょう多摩ニュータウンを案内してくれるとのこと。さっそく丁寧な口調で話し始める。 山口さん「日はここ永山をスタートしてニュータウンの団地群を見ながら歩いていって、お隣の多摩センターの駅まで大体 6 km ほど歩いてまいります。で、その電車に乗って南大沢駅まで移動して、2 km ほど移動を考えております。」 きょうは永山周辺と南大

    多摩ニュータウンの巡検(地理のフィールドワーク)に参加する 横断すると十年単位の街づくりの変遷が一日で見られる
  • 日本苗字アトラス|地図から苗字を見るサイト

    地図から全国の苗字を見るサイト。都道府県・旧市区町村別の苗字と大字・町丁目別の苗字分布を確認できます。

    日本苗字アトラス|地図から苗字を見るサイト
  • 藩 一覧 | 幕末期近世村領域データセット

    藩 一覧 データセットの領分一覧です。藩IDデータセットに含まれる藩については、同一の藩に属する複数の領分を統合して表示します。なお村数および石高合計については、複数の領主が存在する村(相給)を分けていません。ゆえに石高合計は藩の実際の石高とは異なります。地図表示についてはベクトルタイル地図もご利用ください。 検索 歴史的地名/現代地名による統合検索では、現代および歴史的な市区町村名や現代の町丁・字名による検索が可能です。 地名(の一部)を入力: 概要 幕末期近世村領域データセットとは、幕末期(慶応年間頃)近世村の領域データと点データを含む幕末期近世村領域データ(02_kyudaka_v2.01)(作成:田謙一氏)を加工したデータセットです。石高については、旧高旧領取調帳データベース(国立歴史民俗博物館)を参照しています。2025年9月現在、近世村=66,581件を提供しています。利用上

    藩 一覧 | 幕末期近世村領域データセット
  • 地元にあったはずの城がストリートビューだとまったく見えないので、現存するのか確認した

    故郷にあった城が、現在どこからも確認できなくなっており、はたして存在しているのか、してないのか。確かめに行った……という記事です。 小学校高学年の頃、田内城という城ができて狂喜乱舞した ちょっと長くなるんですが、前置きの話をさせてほしい。 筆者である私は、鳥取県の倉吉市というしがねえ町で生まれて育った。 小学校高学年の頃に突然「お城」にめちゃくちゃハマったことがあり、友達が600円のミニ四駆を買い集めるなか、小遣いがたまるたびに童友社の600円の城プラモを狂ったように買っていた時期があった。 城にハマっていた頃の私。米子城趾をバックに撮った写真があった。覇気のない顔で棒立ちしてるのが筆者です。ポーズをとってるのは弟。現在ダンス教室を経営しています そんななか、家から歩いて40分ぐらいのちょっとした崖の上に、田内(たうち)城という室町時代の城跡に天守閣が建設されたということを知り合いのおじさ

    地元にあったはずの城がストリートビューだとまったく見えないので、現存するのか確認した
  • 1500年前の地図を手がかりに東ローマ帝国時代の「失われた都市」を発見 | カラパイア

    約1500年前に描かれた一枚の地図が、現代の考古学者たちを失われた都市の発見へと導いた。 中東・西アジアに位置するヨルダンで見つかったのは、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)の時代に栄えた都市「タライス」だ。 この都市は長いあいだ地図に描かれただけの幻の存在とされてきた。 信仰の拠点として機能しながら、農業や製造業も営まれていたこの都市には、宗教と経済が共存していた痕跡が残されていた。 ヨルダンに残る1500年前の地図 ヨルダン中部の町マダバにある教会の床には、色とりどりのモザイクで描かれた「マダバ地図」が残されている。 これは6世紀、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)の皇帝ユスティニアヌス1世の治世に制作されたとされ、中東に現存する最古の地図だ。 この地図には、エルサレムを中心とした聖地157ヶ所の地名が記されており、その中には現在も正確な場所が不明な都市がいくつかある。 今回発見された「タライ

    1500年前の地図を手がかりに東ローマ帝国時代の「失われた都市」を発見 | カラパイア
  • 国会図書館でダウンロードできる昔の天気図を気象予報士と一緒に鑑賞してみる 二・二六事件の雪はいつ降ったのか

    国立国会図書館デジタルコレクションという、ぼくが国に払った税金のすべてがそれに使われている(と思うようにしている)サービスがある。 国立国会図書館に収蔵されている古い書籍などの画像データがオンラインで閲覧できる超絶素晴らしいサービスだが、数年前から日で初めて天気図が作られた1883(明治16)年3月から2022(令和4)年ごろまで、139年ぶんの天気図のPDFが無料でダウンロードできる……というとんでもないことになっている。 これは大変だ。 せっかくなので、気象予報士の増田さんと一緒に昔の天気図を見てもらうことにした。 最初の天気予報は外国人が作っていた とにもかくにも、さっそく実物を見てほしい。日で最初に作られた天気図がこちら。 1883(明治16)年3月1日の天気図。日最初というよりも、現存日最古と言ったほうがいいかもしれない(これよりも前の2月にクニッピングが天気図を作ってい

    国会図書館でダウンロードできる昔の天気図を気象予報士と一緒に鑑賞してみる 二・二六事件の雪はいつ降ったのか
  • ヒョーゴスラビア - Wikipedia

    旧国の境界線が引かれた現在の兵庫県の地図。 ヒョーゴスラビア(ヒョーゴスラビア連邦共和国、英:Federal Republic of Hyogoslavia)は、摂津国・丹波国・但馬国・播磨国・淡路国の旧5国から構成される[注釈 1]兵庫県を、様々な文化や民族が入り混じった、かつてヨーロッパに存在した国「ユーゴスラビア社会主義連邦共和国」になぞらえた言葉[1][2][3]。 旧5国で構成された兵庫県は、多様な文化がある一方、県のイメージがまとまりづらいとされる。そのため、インターネット上でユーゴスラビア[注釈 2]になぞらえて「ヒョーゴスラビア連邦」と呼ばれることがあった[4]。兵庫(ヒョーゴ)という語呂の良さが背景にあった[5]。 ヒョーゴスラビアはハッシュタグとして2013年8月頃にTwitterで流行し始め、2016年に盛り上がりを見せた。Twitter上ではあるあるネタや大喜利など

    ヒョーゴスラビア - Wikipedia
  • 自然災害伝承碑 | 国土地理院

    自然災害伝承碑とは、過去に発生した自然災害(洪水、土砂災害、高潮、地震、津波、火山災害等)の様相や被害状況等が記載されている石碑やモニュメントのことです。 これらの碑は被災場所に建てられていることも多く、過去にその土地で、どんな災害が起こったかを知ることが出来ます(写真:広島県坂町「水害碑」)。 過去の更新情報 2026年の更新情報 2026年5月28日 2市区町村2基を追加公開 2026年4月30日 2市区町村2基を追加公開 2026年3月26日 13市区町村24基を追加公開 2026年2月26日 3市区町村3基を追加公開 2026年1月29日 4市区町村10基を追加公開 2025年の更新情報 2025年12月25日 3市区町村5基を追加公開 2025年11月27日 6市区町村10基を追加公開 2025年10月30日 3市区町村4基を追加公開 2025年9月25日 2市区町村3基を追加公

  • シルクロードの失われた中世2都市を発見、マチュピチュ並み高地

    トゥグンブラクは、近年発見されたばかりのシルクロード沿いの中世の山岳都市だ。ドローンを用いたリモートセンシング技術のライダー(LiDAR、光による検知と測距)調査により、この都市の城壁や防御壁の存在が明らかになった。(Imaging by SAlElab, J. Berner, M. Frachetti) ナショナル ジオグラフィック協会から資金提供を受けた研究チームが、かつてヨーロッパと東アジアを結ぶ交易路として栄えたシルクロード沿いの標高2000~2200メートルの高地で、これまで知られていなかった中世都市の遺跡を発見したとする論文を2024年10月23日付けで学術誌「ネイチャー」に発表した。 ウズベキスタン南東部の山岳地帯でドローンを用いたライダー(LiDAR、反射光を利用して詳細な3D地図を作成するリモートセンシング技術)調査を行い、6世紀から11世紀にかけて繁栄した2つの都市の様

    シルクロードの失われた中世2都市を発見、マチュピチュ並み高地
    tybalt
    tybalt 2024/10/28
    面白い
  • ワクワク - Wikipedia

    この記事には参考文献や外部リンクの一覧が含まれていますが、脚注による参照が不十分であるため、情報源が依然不明確です。 適切な位置に脚注を追加して、記事の信頼性向上にご協力ください。(2021年3月) イドリースィーによる1154年の世界地図(南が上、東が左)。地図の東(左)端、アフリカ南部から東に延びる陸地の先端に الواق واق(アル=ワークワーク al-Wāqwāq)と書かれている。 14世紀後半の写『驚異の書(アラビア語版)』に描かれたワクワクの木 ワクワク(アラビア語: الواق واق、al-Wāqwāq)は、中世アラブ世界で、東方の彼方にあると考えられていた土地である。ワクワク島、ワクワクの国、ワークワーク、ワクワーク、ワーク、ワク、ヴァクヴァク島、幸福の島などとも呼ばれる。 実際の場所としては複数の説がある(後述)[1]。 アラビア語およびペルシア語の地理書では、「ワ

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  • 経度の歴史 - Wikipedia

    経度 経度の歴史(けいどのれきし)では、経度にまつわる歴史について記述する。 経度という概念は緯度とともに古代から存在したが、基準に基づく経度の測定は緯度と比べて難しく、正確に求められるようになるまでには長い年月を要した。 また海上で航海に必要とされる精度で経度を求めることは歴史的に困難な課題だったが、クロノメーターの開発により実用上解決された。経度の基準も、ロンドンのグリニッジ子午線を基準(初子午線)として世界中で採用された。 エラトステネスの地図(19世紀に再現されたもの) 地図を経線と緯線で区切って、その座標で各地点の位置を表すという発想は古くから存在した。古代に地球の大きさを求めた地理学者エラトステネスは、シェネ(アスワン)とアレクサンドリアを結んだ線を基準として、それと平行に数の直線を引いた地図を作成した[1]。ただしこの線の間隔は現在の地図のように等間隔ではない。また、基準

    経度の歴史 - Wikipedia
  • 『東京見学地図』でGHQ占領下の東京を見る

    以前、当サイトで取材した野ばら社が出版していた『児童年鑑』。 子供向けの統計年鑑だが、そこに掲載されている絵地図がめちゃくちゃよいので、紹介したい。 『児童年鑑』の絵地図とは 野ばら社に限らず、戦前から戦後の一時期までは、各出版社が「年鑑」という書籍を毎年発行していた。 なかでも野ばら社の『児童年鑑』はかなりの人気があり、野ばら社の経営を支えたといわれる。 筆者所有の野ばら社の児童向け年鑑 その児童向け年鑑の中に、各地の特産品や名物名所などを書き込んだカラーベージの絵地図があるのだが、ぼくはこの絵地図が大好きで、以前も記事内でいくつか紹介した。 こんな感じの絵地図が地域ごとに掲載されている この、児童年鑑の絵地図だが、野ばら社は現在、絵地図の部分だけを復刻して印刷し、イベントや通販で販売している。 先日行われたイベントで、そのなかのいくつかを購入したのだが、どれもめちゃくちゃおもしろい

    『東京見学地図』でGHQ占領下の東京を見る
    tybalt
    tybalt 2024/03/23
    地域の時間差分でこれだけ面白い記事が書けるのすごいな。クロックの名前の由来とか、知っていればしっくりくるけど、知らないと分からない情報は面白い。
  • 終戦直後の様子が丸分かり、戦後すぐに米軍が作成した日本地図がオンラインで公開中【やじうまWatch】

    終戦直後の様子が丸分かり、戦後すぐに米軍が作成した日本地図がオンラインで公開中【やじうまWatch】
  • 稲城の山の上に今、ダイナミックな‟令和の多摩ニュータウン”が造られている

    人口減少が加速する日である。 いくら東京といえど、かつてのような山を切り開いて宅地造成するニュータウン計画なんて、そうあるものじゃない。 山が丘に変わり、街が丸ごと誕生するような、ダイナミックな時代。 賛否はあれども、その勢いを直接感じてみたかったな… と思っていたら、ありました。 あの多摩ニュータウンの、すぐそばに。 山が街に変わる過程を今、見られるのだ。 都内唯一の巨大ニュータウンプロジェクト、スカイテラス南山 見て欲しい景色がある。 筆者は多摩川沿いに住んでいるのだが、その橋の上からよみうりランド方面をのぞむと、真新しい住宅街が屏風のように広がっている。 昔の人が見たら、蜃気楼なんじゃないかと思うような天上の住宅街 同じ場所から2008年の風景。まだ何もない里山だ fitm, CC BY-SA 3.0 DEED, via Wikipedia Commons 2段になった丘。黒屋根の

    稲城の山の上に今、ダイナミックな‟令和の多摩ニュータウン”が造られている
    tybalt
    tybalt 2023/11/20
    写真がすごく良い。日陰から日の当たってる場所を撮るの良いな。こういう記録は何十年か後に貴重な資料になっていそう。
  • 冷戦時のスパイ衛星写真で古代ローマの砦を一挙に特定、定説覆す

    ヨルダンの砂漠にあるきわめて保存状態のよい古代ローマの砦、カスル・バシル。機密解除されたスパイ衛星写真を活用した新たな研究により、シリアやイラクの砂漠から、これまで知られていなかった古代ローマの砦跡と思われる遺跡が400カ所近く見つかった。(PHOTOGRAPH BY ROBERT CLARK, NAT GEO IMAGE COLLECTION) 機密解除された米国のスパイ衛星コロナとヘキサゴンの写真から、シリアやイラクの砂漠にある古代ローマ時代の砦(とりで)が約400カ所特定され、10月26日付けで学術誌「Antiquity」に発表された。その配置パターンから考えると、砦の目的は定説となっている防衛ではなく、キャラバンによる交易、軍隊の移動、地域の情報伝達など、交流を円滑に進めるためだったという説を論文の著者らは主張している。(参考記事:「CIAが歴史的な「機密地図」の数々を公開」) こ

    冷戦時のスパイ衛星写真で古代ローマの砦を一挙に特定、定説覆す
  • 歴史的地名の「行政区画変遷」を大規模オープンデータ化~『日本歴史地名大系』を平凡社地図出版との協働により機械可読データとして強化~ - 国立情報学研究所 / National Institute of Informatics

    2023/10/18 歴史的地名の「行政区画変遷」を大規模オープンデータ化 ~『日歴史地名大系』を平凡社地図出版との協働により機械可読データとして強化~ 情報・システム研究機構 データサイエンス共同利用基盤施設 人文学オープンデータ共同利用センター(以下ROIS-DS CODH、センター長 北朝展)と株式会社平凡社地図出版(代表取締役 西田裕一)は、『日歴史地名大系』の機械可読データ化に向けた協働を推進し、このたび歴史的地名の「行政区画変遷」に関する大規模オープンデータを公開しました。 『日歴史地名大系』(用語解説1)とは、全国の歴史研究者の協力を得て地名研究・地域史研究の全成果を結集し、株式会社平凡社が25年(1979年~2004年)をかけて出版した50巻51冊の地名辞典です。この地名辞典の編集にかつて関わった人々の全面的な協力を得て、地名辞典の内容の更新や位置情報(緯度経度)の

    歴史的地名の「行政区画変遷」を大規模オープンデータ化~『日本歴史地名大系』を平凡社地図出版との協働により機械可読データとして強化~ - 国立情報学研究所 / National Institute of Informatics