(同性愛者らが)カムアウトをするべきかどうか、あるいはカムアウトするとしたらどういうタイミングでするかは、本人の判断に任されているべきである−−それは、まったくその通りだと思う。勝手に「あの人は〜だ」とアウティングしてしまうのは、良いか悪いかと言えば悪いに決まっている。 でもそのアウティングについて、レズビアンの小説家で活動家のサラ・シュルマンは、1990年にThe Village Voiceに掲載した短い文章「Outing: The Closet Is Not A Right(アウティングについて−−クロゼットは権利ではない)」で、次のように書いている(超意訳)。 同性愛者の有名人を無理矢理クロゼットから引きずり出すことが道義的にどうであるかについては、わたしはよく分からない。しかしわたしが分かるのは、そうした行為を「プライバシーの侵害」と呼ぶことは、歪曲であり不誠実だということだ。ほと
![カムアウトをしない「自由」はない、あるのは「不自由」だけ(インディペンデント・マガジンpe=po掲載原稿) - macska dot org](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/8d71ff5111e05619a10d29bb40d7aebaa75c8fbc/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fs0.wp.com%2Fi%2Fblank.jpg)