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フォークに関するushiwatatのブックマーク (6)

  • 「戦争を知らない子供たち」という曲があったけど………: 極東ブログ

    ツイッターを眺めていて、おやっ?と思うツイートを見かけた。なんというのか、隔世の感というのか、時代は変わるなあと思ったのである。まあ、僕もけっこう年を取ったなということでもある。ちょっとそんな感慨を書いてみたい。 該当のツイートなのだが、そのままベタに引用してもよいのだけど、発言者に特に思い入れはないし、ましてバッシングの意図はさらさらないので、そうした不用意な誤解を避けるという意味で、該当のツイートの内容だけを引用したい。そういう主旨なので引用先のリンクもあえて外しておきますよ。 さて、このツイート、どう思われるだろうか。 「戦争を知らない子供たち」という曲があったけど…戦争を知らずに育つとこういう政治家になるのかと安倍首相やその取巻き政治家を見て思う。戦争を知らなくても想像力があれば…と思っていたところにSEALDsを始めとする若者達が出てきた。想像力に創造力を持った新しい世代に期待す

  • 「長い道」の旅路の果て | 私たちは20世紀に生まれた

    (昨日の続き) ポール・マッカートニーは当初この "Those Were the Days" を「アメリカのフォークソング」だと信じ込んでいたようだ。ところが、実際にスタジオでレコーディングするにあたって、彼は「古びた田舎の感じ(old country feel)」を出すようアレンジャーに求めたという。 その結果、バックバンドには生ギター、バンジョー、ヴァイオリン、コントラバス、チューバ、クラリネットなどに混じって、珍しい撥弦楽器ツィンバロム cimbalom までが持ち込まれた。よく知られるように、これはハンガリーのジプシー楽団につきものの楽器であり、どうやらこの時点で、少なくともマッカートニーとアレンジャーとの間では、漠然と「東欧っぽい雰囲気」をこの曲にまとわせるという暗黙の了解があったことをうかがわせる。 ところで、"Those Were the Days" の「作者」であるアメリカ

    「長い道」の旅路の果て | 私たちは20世紀に生まれた
    ushiwatat
    ushiwatat 2013/05/11
    |そこにはロシアとアメリカ、異なった二つの時代を繋ぐミッシング・リンクが存在した。アレクサンドル・ヴェルチンスキーという名の流浪のロシア人がいて、国境を越えた「歌の伝播」に決定的な役割を果たしていた|
  • 悲しき天使はどこから来たか | 私たちは20世紀に生まれた

    (1月15、17日よりつづく) つくづく「ウィキペディア」は凄いなァと感心する。メリー・ホプキンの唄った「悲しき天使」について調べていて、アメリカWikipedia の "Those Were the Days" の項目を読んでみたら、そこに思いもよらぬ驚くべき事実が書かれていた。 http://en.wikipedia.org/wiki/Those_Were_the_Days_%28song%29 ここに記された内容と、そしてこの記事からリンクが張られている Pat Richmonds 氏のサイトの記述とから、われわれが「悲しき天使」と呼ぶこの歌の、それまでに経てきた「地球的規模」の長い遍歴について、そのあらましを知ることができた。今日はそれについて書こう。 ウェールズ出身のフォーク歌手メリー・ホプキンをポール・マッカートニーに紹介したのは、ファッション・モデルで歌手のトウィッギーな

    悲しき天使はどこから来たか | 私たちは20世紀に生まれた
  • 「悲しき」カヴァー・ヴァージョン | 私たちは20世紀に生まれた

    (承前) メリー・ホプキンの "Those Were the Days" の邦題が「悲しき天使」と訳されてしまっても、誰一人おかしいと思わなかったのは、いかにも1960年代らしい無邪気な鷹揚さではなかろうか。 そもそも外国のヒット・ソングにやたらと「悲しき~」という邦題をつけ、しかも便乗ヒットを狙って日語ヴァージョンも発売してしまう、というのが当時のわがポップス界の得意技だったのである。曰く「悲しき片思い」(You Don't Know ヘレン・シャピロ/弘田三枝子、1961)、「悲しき街角」(Runaway デル・シャノン/飯田久彦、1961)、「悲しき戦場」(The Ballad of the Green Berets バリー・サドラー軍曹/ケン・サンダース、1966)…。 因みに、これらの楽曲の訳詞をことごとく手がけていたのが、かの漣健児氏だったのである。あの60年代日語ポップス

    「悲しき」カヴァー・ヴァージョン | 私たちは20世紀に生まれた
  • Those Were the Days... | 私たちは20世紀に生まれた

    先日、フレデリック・ディーリアスの音楽に出逢った70年代初頭の思い出に耽っていて、思わず知らず口をついて出たのが Those Were the Days というフレーズだった。 「あの頃は…だった」というお決まりの言い回しなのだが、この常套句がわが日でも人口に膾炙したのは、1968年暮れから69年初頭にかけて大ヒットした "Those Were the Days" すなわち、メリー・ホプキン唄うところの「悲しき天使」のお蔭なのである。 この曲はビートルズの面々が鳴り物入りで立ち上げた新会社「アップル」レーベル最初のシングル盤だった(APPLE-2。ちなみにAPPLE-1 は欠番)。メリー・ホプキン Mary Hopkin(1950- )は当時まだ全く無名の18歳のフォーク歌手。それがいきなりポール・マッカートニーのプロデュースでメジャー・デビューを果たし、世界的なベスト・ヒットを記録した

    Those Were the Days... | 私たちは20世紀に生まれた
  • 「悲しき天使」の辿った長い道 | 私たちは20世紀に生まれた

    ブログでは具体的な書き込みがなされぬ限り、どんな方がいかなる動機からアクセスされるのかが皆目わからない。検索キーワードからアクセス理由を探る方法もあるらしいのだが、拙ブログではそれも施していないから、その日その日のアクセス数のみが通知されるだけだ。 昨日から今日にかけてアクセス数が急増した。普段の日よりも五十人ほど多い。いつもは「何故なのかなあ」と訝しがるだけなのだが、今日その理由らしきものが判明した。たまたま頂戴したコメントから偶然わかったのだ。 拙ブログの開設から半年しか経たぬ2007年1月、わが懐かしの60年代ポップスの一曲、メリー・ホプキン嬢がギターを抱えながら可憐に唄って世界的に大ヒットした「悲しき天使 Those Were the Days」(1968)をたまたま話題にし、その思いもよらぬ出自を探ったことがあった。数奇な運命に翻弄されながら、ひとつの歌が伝播し、唄い継がれていく

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