アレクサンドル・コジェーヴといえば、1933年から39年までの6年間、パリの高等研究院において、後にフランス思想を代表することになる錚々たる面々――アロン、バタイユ、クロソウスキー、ラカン、メルロ=ポンティ、イポリット、ブルトン等々――が集っていた伝説的な『精神現象学』講義(出席者のひとりでコジェーヴの友人だった作家レイモン・クノーが『ヘーゲル読解講義』として編集刊行)を行ったことで知られるロシア人哲学者である。 いわゆるフランス現代思想におけるヘーゲルはコジェーヴ経由のヘーゲルだというのはよく指摘されるところだが、それだけ戦後フランス思想にとってコジェーヴが果たした役割は計り知れないものがある。たとえばコジェーヴ経由のヘーゲル思想なしのラカン思想というのは考えがたい。しかし戦後フランス思想の出発点としていささか神話的にその名が語られる一方で、『精神現象学』講義以外のコジェーヴの活動やその