抒情詩の精神には音楽が有つ微妙な恍惚と情熱とがこもつてゐて人心に囁く。よい音楽をきいたあとの何者にも経験されない優和と嘆賞との瞬間。ただちに自己を善良なる人間の特質に導くところの愛。誰もみな善い美しいものを見たときに自分もまた善くならなければならないと考へる貴重な反省。最も秀れた精神に根ざしたものは人心の内奥から涙を誘ひ洗ひ清めるのである。 時は過ぎた。『抒情小曲集』出版の通知を受取つて、私は、今更ながら過ぎ去つた日の若い君の姿が思ひ出される。初めて会つた頃の君は寂しさうであつた、苦しさうであつた、悲しさうであつた。初めて君の詩に接した時、私はその声の清清(すがすが)しさに、初めて湧きいでた同じ泉の水の鮮かさと歓ばしさとを痛切に感じた。君はまた自然の儘で、稚い、それでも銀の柔毛(にこげ)を持つた栗の若葉のやうに真純な、感傷家(センチメンタリスト)であつた。それは強い特殊の真実と自信と正確さ