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ブックマーク / kasasora.hatenablog.com (69)

  • 楽しげな景色 - 傘をひらいて、空を

    自分よりも年長の、それも極端に年上なのではない、ひとまわりくらい上の知己に会うとする。すると彼らはほぼ確実に、やれ老眼だ中性脂肪だ高血圧だと、話の枕のように老化の状況を口にする。その顔はちょっと楽しそうだ。中年の後輩ができて嬉しいのだと思う。彼らの老化ネタは身体にとどまらない。曰く、読書するときの持久力が衰える。仕事上のインプットが遅くなる。外国語がどんどん下手になる。物忘れのひどさといったら驚くほどだ。わたしはほうほうと彼らの話を聞き、そりゃあたいへんだ、と言う。そうして自分の腰痛や胃カメラの話をして、わたしも順調に大人の階段を上っています、と言う。 彼らはそのように老化現象を共通の話題として軽くこなしたあと、近ごろのできごとを楽しそうに話す。わたしが仕事の悩みなど相談すると、詳細な助言と大雑把な励ましをくれる。だいじょうぶだいじょうぶ、あと二、三年の辛抱だ、そうしたら今まで積み上げてき

    楽しげな景色 - 傘をひらいて、空を
    yuriyuri14
    yuriyuri14 2018/12/12
    静かな、でも底の深い川が流れていくような印象を受ける文章。
  • 家を作れなかった男 - 傘をひらいて、空を

    わたしの両親はわたしが十一歳のときに離婚した。そのことはとくにうらみに思っていない。わたしが小学校に上がるころまで、父はよくわたしや妹の面倒を見てくれた。父は乳幼児の相手が上手い人であったように思う。一方でわたしが少し大きくなるとなんだかよそよそしくなったし、わたしもそれほど父を慕わなくなったように思う。 わたしは長いことそれを、父が家庭に寄りつかなくなったからだと思っていた。よその女性と恋をして家に帰ってこなくなった父をよく思えないのは当たり前だ、と解釈していた。母は父と離婚し、父はわたしと妹が二十歳になるまで相応の養育費を母の口座にふりこんだ。 母は公平な人で、母子三人の生活のためのお金は自分が稼いでいること、わたしと妹の教育やささやかな娯楽にかかる費用は父の養育費で充当していることを、きちんとわたしたちに説明した。母も内心で思うところはあったはずだが、母の口から父の悪口を聞いたことは

    家を作れなかった男 - 傘をひらいて、空を
    yuriyuri14
    yuriyuri14 2018/11/29
    大人になると親に対するフィルターが外れて、「あの人たち」を客観的に見られるようになってくる。ただしそのことは私にとって、未だ幸福か不幸か判断がつかない難問だったりする。
  • 愛された子のピアノ - 傘をひらいて、空を

    メイ先生の家に行く。メイ先生はわたしが小学生のときに近所でピアノ教室をしていたおばあさんである。息子たちが独立して久しく、五年前に夫が亡くなってひとり暮らしをしている。さみしかろうと思ってときどき行く。 わたしにとってピアノはただの手習いのひとつで、たまたま自分に与えられたものだった。幼いころからそういう認識を持っていたし、両親もそのような姿勢だった。だからてきとうにやっていた。妹も同じようなものだったはずだ。それでも、妹の弾くピアノには自然に人を引きつける響きがあった。妹はときどき、集中しすぎているような、ぼんやりしているような、半ばこの世にいない者のような顔をすることがあって、ピアノを弾いているときもしばしばそうなった。 妹は特段に造作が整った子というわけではなかった。目から鼻に抜けるような賢いタイプでもなかった。でも妹は特別な子どもだった。はじけるように活発で、思いもかけないことを言

    愛された子のピアノ - 傘をひらいて、空を
    yuriyuri14
    yuriyuri14 2018/11/14
    なんとなくだけれど、もっと長い小説を無理に要約してしまったような印象をうけた。わがままなのは分かっているけれと、もう少し長いバージョンを読みたい。
  • あなたが憎くはないけれど - 傘をひらいて、空を

    この世には暗黙の了解とされることがたくさんある。彼女はそのルールをこまかく読むことのできる人間である。職においては短いスパンで客先に常駐し、大量の聞き取り調査を実施し、その場その場の暗黙のルールを察知する。暗黙のルールはだいたいの場合、職場を腐らせて生産効率を下げているものなの、と彼女は言う。 彼女は柔和な印象を与える小柄な女性で、年相応の落ち着いた口調ながら声はややハイトーン、いつもにこやかだ。服装、化粧、表情、すべての要素にそつがない。全身から「自分は脅威を与えない」という空気を発している感じがする。私は彼女を企業忍者と呼んでいる。忍者は企業に雇われて現場に入る。忍者はわずかな期間で人々の不満を聞き取り、組織図にない上下関係や表沙汰にされていない軋轢を察知する。そうして「空気を読まない」業務フロー改善案を提出し、それに見合ったフィーを受け取って、去る。 おっかねえ女、と私が言うと、怖い

    あなたが憎くはないけれど - 傘をひらいて、空を
    yuriyuri14
    yuriyuri14 2018/10/25
    このブログはだらだらと続く私の日常の、小さいけれど欠かせない楽しみ。今日の話は、人には言えない私自身の欲望をのぞかれたようだ。
  • かわいいを作れない - 傘をひらいて、空を

    彼女は美容師である。都心の、美容室とギャラリーとファッションブランドが延々と並ぶ街で働いている。彼女のキャリアは結構なものだし、料金も高めなので、主なお客は二十代半ばから三十代の、美容に関心の高い女性だ。キュートなスタイルが得意で、美容室の口コミには「かわいくしてもらった」「大人かわいく」といった文言が並ぶ。 かわいさは絶対、引き出せます、と彼女は言う。わたしは、とにかくその方のお話さえ伺えれば、かわいくできる自信あるんで、いや、綺麗とかでもいいですけど、ええ、言ってることわかりますよね、うん、かわいいは作れる。 かわいくできなかった人はいないのかって?あっはっは、いー質問ですねー、うん、ゼロではないっすね。お話さえ伺えればって、さっき言ったでしょ、あのね、世の中には、聞いても聞いても「かわいい」の中身が出てこない方がいらっしゃいます。特定のお客さまの噂話はしない主義なんで、今からする話は

    かわいいを作れない - 傘をひらいて、空を
    yuriyuri14
    yuriyuri14 2018/10/17
    深いよ、これは。入り口をカジュアルにしているけれど、結構怖いことをサクッと書いてある。
  • 明るい人の明るい理由 - 傘をひらいて、空を

    あけましておめでとうございます。あ、アウトだ、これ。 渡部さんがそう言い、私はあいまいに笑う。視界に入っている他の二人も、おそらく同じような表情をしている。私たちは社内読書部(会社非公式。活動内容・ときどき都合のついた者が集まってランチ会または飲み会を開き、の話をする。要らなくなったをやりとりする)の仲間だ。仕事の話よりの話をする、およそ会社の利益には貢献しない集団だけれども、の話しかしないというルールはとくにないので、なんとなし個人的な話を聞いたりもする。もちろん、個人的な話をいっさいしない人もいる。 仕事に関係のない、とくに小説だとか、実用性を持たないとされているを、大人になってもやたらと読んでいる人間は、おおむね性格がめんどくさい。率直な人、社交的な人、陽気な人もいるけれども、内面を開くと、なにがしか薄暗いものを抱えている。いいもん、と以前の会で誰かが言っていた。どうせわ

    明るい人の明るい理由 - 傘をひらいて、空を
    yuriyuri14
    yuriyuri14 2018/09/28
    私は明るくない人なので、こういう話を書けることは、素敵なのかそうではないのかの判断がつかない。でも羨ましくはあるかな。
  • 羽鳥先生は静かに暮らしたい - 傘をひらいて、空を

    わからない、と同僚が言う。そう、と僕は言う。そして説明をはじめる。僕にとって、わからないのはぜんぜん悪いことではない。その理屈はわからない、というならより多くの説明があればいいのだし、その感覚はわからない、というなら双方が「そんなものか」ととらえておけばOKだと思う。他人と感覚が違うなんて当たり前のことだ。排除や蔑視はされたくないが、共感はとくになくてもよい。 僕は自分が好ましいと思う環境を作り上げて静粛に暮らすことを人生の主たる目的としている。コンピュータ・プログラミングのゲーム性を好み、それを仕事の一部にしている。世間の人々が家族やお金や名誉や、そのほかのいろいろなものに駆動されていることは知識として知っている。でもその内実はわからない。そういう欲望があんまりないからだ。色恋もどうもよくわからない(正確に言うとわかる部分もあるのだけれど、大雑把に言うと、わからない)。生物との物理的接触

    羽鳥先生は静かに暮らしたい - 傘をひらいて、空を
    yuriyuri14
    yuriyuri14 2018/09/28
    今あんまり嬉しくない用事を済ませるために電車に乗っているのだが、一瞬その嬉しくなさを忘れさせてもらった。
  • プリキュアになれなかった女の子 - 傘をひらいて、空を

    世のため人のために働くんだと思っていた。わたしは無邪気な自信家だった。将来はずっと口を糊することができると信じていて、それ以外の余剰があって、それでもって人に尽くすんだと思っていたのだから。高校生になっても、大学生になっても、なんなら社会人になってもしらばらく、その夢想を保持してた。ばかみたいだと自分でも思うけど。 ばかみたいでしょう。でもわたしの育った環境ではそれをばかにされることがなかった。外資系でがんがん稼ぐんだとか、すてきな異性にもてたいとか、そういう人もいたけれど、同じくらい、世のため人のため身を粉にするぞと思っている人もいた。その幼い夢をかかげて、わたしはある省庁に入職した。ばかみたいでしょう。ねえ。 わたしには人生の足踏みが少なかった。浪人せず、留年もせず、最短ルートで就職した。努力は必要だった。その努力の目的はもちろん世のため人のためだった。わたしは子どもだったと思う。自分

    プリキュアになれなかった女の子 - 傘をひらいて、空を
    yuriyuri14
    yuriyuri14 2018/09/20
    プリズムのように綺麗で悲しい話だ。
  • バグ対応にストーリー - 傘をひらいて、空を

    何かから逃げている。何かはわからない。でも逃げている。そのような感覚をずっと持っている。物心ついてからずっとある気がするけれど、強くなったのは高校生のころだった。そのころから、「逃げている」という感覚にとらわれると生活できないとわかっていた。だって、何から逃げているのかわからないのだ。 思春期だからな、とそのときは思っていた。世間でも思春期は不安定だということになっているし、ものを読むかぎり、ほぼ病気みたいな感じなので、自分の焦燥感も思春期のせいだろうと思っていた。授業を受けていても誰かといても楽しくしていても寝てもさめてもわたしはつらく、そこから目をそむけることが活動のエネルギーだった。授業に集中しないと、人との会話に集中しないと、「あれ」にとらわれてしまう。 一度だけ母に言ってみたことがある。お母さん、お母さんが高校生のころってどうだった、すごく苦しい焦りみたいなのなかった。地獄のよう

    バグ対応にストーリー - 傘をひらいて、空を
    yuriyuri14
    yuriyuri14 2018/09/12
    書き手の技術によって、つるんと読めてしまう話。個人的には「あれ、意外と怖いことが書いてないかな?」と思いつつ、あえて考えないというスタイルで楽しんでいる。