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ブログ・サイトとネットに関するAdYandWのブックマーク (41)

  • サヨナナ: 黎明期であり過渡期だった

    黎明期であり過渡期だった 結局は何もかもが黎明期、過渡期だったことによるものなんだな、って思うのね。 俺が個人サイト(当時はホームページと呼んでいた)を始めたのが10年前で、その時の一押し企画が「Mind the gap!」って言うタイトルのアンケートコーナーだったのね。「目玉焼きにかける調味料は?」とか「夜、口笛を吹くと何が来る?」とか「じゃんけんの掛け声は何だった?」とか「サザエさんはお菓子を喉に詰まらせた時に何と言っていた?」とか、なんかそういうことをいろんな人に尋ねる企画だったのね。数十人の知り合いにメールを送りつけて返信をもらい、まとめて発表してたよ。でも……途中から気が付いたんだよね。「こういうのは不特定多数のたくさんの人が集まる場所でやった方がいい」って。それは今なら2ちゃんねるであり、デイリーポータルであり、mixiのアンケート機能なんだろうな、って。 その後に考えた企画は

  • suVeneのあれ: では、ネットにおける危機管理意識とは何か

    2006年09月15日 では、ネットにおける危機管理意識とは何か ネットにおける危機管理の話。 * mixi についての警告 mixi も上場企業となり、バブル的に株価が上がっていて話題になっているところでこんな話題があった。 mixiをやってて思うことだが、みんな危機管理能力がなさすぎだろうと思う。何かといえば、個人情報の問題だ。 タルタルソースも空を飛ぶ:危険だとなぜわからない - livedoor Blog(ブログ)個人情報の管理に関して管理能力の甘さを問うているようだ。 では危機管理能力とはなんだろうか?どこまでの情報を公開し、または秘匿すればよいのだろうか? 俺のmixiをみてわかるのはせいぜい大学ぐらいで個人を特定されるまでの情報を垂れ流そうとは思わない … 中略 … これはひどいと思うのが、出身幼稚園や小学校などを晒したり、住所をほとんど公開してたり…お前らバカだろといいたく

  • ネットイナゴの恐怖 - 琥珀色の戯言

    S:今日の一言(9/11)−乙武さんのブログ炎上 http://d.hatena.ne.jp/satomies/20060911 僕もこのエントリで乙武さんに投げつけられている罵詈雑言の数々を苦々しく感じていたのです。 そもそも、先日はmixiで「皮膚病患者をミイラよばわり」した大学生が集中砲火を受けていましたが、ここで乙武さんに対して酷いことを書いている人々がやっていることは、そいつと同じようなことのわけで。 しかしながら、あの大学生はmixiで「身元がわかった」からこそあのように社会的制裁を受け、匿名で悪口を書く(=自分の発言に責任を持っていない)人々にはお咎めなしなのは、なんだかとても不公平なような気がします。 ところで、このエントリの中に「安易な謝罪は保身に過ぎない」(http://metalsty.seesaa.net/article/23435850.html)というのが取り上

    ネットイナゴの恐怖 - 琥珀色の戯言
  • 消費されるブロガーは消耗する、つまり短命になる。 - シナトラ千代子

    「ブロゴスフィアみたいなものって案外大事なのかもしれない」的話です。 こちらで漫才の話が出ているんですが。 ○F's Garage @fshin2000 :消費されないブログ記事を書こう TVで漫才が消費されるのは情報の再利用性が低いからだ。 このあたりをネタに(内容にはおおむね同意なので)。 これって 消費される漫才 ⇔ 消費する仕組みとしてのテレビ ⇔ 消費する視聴者 という関係があってのことで、それぞれの力関係があるから*1、漫才がどうこうという話ではないように見えます*2。 これは来は左側の形が理想なのですが、テレビで売れると忙しくなって右のほうの形になってくる。 こうなるとなにがマズイかというと、評価する軸がひとつ、つまりテレビしかないということで、忙しさも相まってどんどん芸が単調になり、消費されやすいものへと変質していく。つまり漫才がそもそも消費されるものだからではなく、消費

    消費されるブロガーは消耗する、つまり短命になる。 - シナトラ千代子
  • すべてが娯楽になった世界に在りて君は何を想うのか - CONCORDE

    嘆きの心中お察ししますが、ちと気/マジメ過ぎやしませんかと思うことその3、 及びFF11をやっている人にしかニヤリとできないタイトルで申し訳ないですその2。 ポケベル、携帯電話、パソコン、インターネット、そしてブログも・・・ 何かをしようっていう原動力は、いつだって、初めは生存に関係していて、それから社会的なものへと移り、最後は純粋な楽しみになる。そして、楽しみの後にはもう何もない。 他のどんなものと同様に、進化は、ゆっくりとだが容赦なく、テクノロジーを生存のための地平から上昇させ、コミュニケーションに基礎を置いた社会性を通り抜けて、楽しみの領域へと入っていくだろう 生存。社会化。娯楽。これが進歩だ。 <リーナス・トーバルズ[Linux開発者]+デイビッド・ダイヤモンド・著/風見潤・訳/中島洋・監修: 『それがぼくには楽しかったから』:小学館プロダクション:2001年>より もう、「娯楽

    すべてが娯楽になった世界に在りて君は何を想うのか - CONCORDE
  • どう考えても、ネットで言論はフラットにならない | ニュースの現場で考えること

    溜まった資料を読んでいたら、眠れなくなってしまった。日はもう、朝の9時だ。眠れず、資料も読み飽き、で、再び、「ネット言論がフラットである」という意見について、今晩もつらつらと考えていた。「ネット言論はフラットだ」という話は、私の理解度が浅いこともあるだろうが、この概念は抽象的で、なかなか分かりにくい。 それでも、私なりにまとめると、こういうことだろうか。「これまでは既存マスメディアを軸とした「絶対的正義」の言論が支配的だったが、簡便に情報発信できる『ネット』『ブログ』等を誰もが手にすることができる現代・将来においては、かつての絶対的正義は相対化され、その権威は崩れ、やがて言論界はフラットになっていく」 既存メディアに対する評価については、私もそう思う。種々の例外はあるとはいえ、既存メディアが、絶対的正義を振りかざしていた部分は相当にある。たぶん、それは病的ですらある(もっとも以前に何度も

    どう考えても、ネットで言論はフラットにならない | ニュースの現場で考えること
  • ネットが作るフラットな言論世界??? : ニュースの現場で考えること

    ロンドンで摘発された航空機同時テロ計画に関連して、この事件の詳細をニューヨーク・タイムズ紙が28日付けで報じた。ところが、同紙は、ウェッブ上の同じ記事について、英国内からはアクセスできないよう措置を取ったという。それと同時に、当日の新聞紙そのものについても、英国への配送を中止した。。。という話を、英メディアが伝えている。たとえば、ガーディアン紙の「New York Times blocks UK access to terror story 」の記事。 英国には、過度の事件報道は裁判に予断を与えるとして、場合によっては報道が法廷侮辱罪に問われることがあるらしい。ニューヨークタイムズ紙もそれを恐れて、弁護士の指導に基づいて、「閲覧禁止」措置を講じたのだと言う。副編集長は英メディアに問われ、「報道の自由も大事だが、法律は尊重せねばならない」と答えている。「恐れ」だけで「自粛」するのはどうかと思

    ネットが作るフラットな言論世界??? : ニュースの現場で考えること
  • アホ理系青年の主張〜あれこれ情報収集分析隊・マザーシップ〜:沸点低いわ、多様性は認めないわ、ネット住民は変わったな。

    2006年08月05日02:56 沸点低いわ、多様性は認めないわ、ネット住民は変わったな。 カテゴリネットサイト・ツール紹介 ブログネタ:ひきこもり ニート フリーター に参加中! 亀田祭りを発端に、某週刊誌が動き出したようである今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。 そんな中、何故か、上村愛子選手のブログが亀田興毅を応援してBlogが炎上?していたらしいのである。 ただ、その炎上した記事なるものを見させてもらったのだが、何で炎上したのかさっぱりわからん…、彼女自身は素直に感動できたんだからそれでええやんかと。 それに対して、読者も過剰反応せんでもええがな。と思うのだ。 別に彼女は亀田一派の利害関係者でもなかろうに… で、別に悪いことは何もしちゃいないのに、謝罪文を書く始末。わけがわからない。 最近、一部ネット住民の沸点が低いのが気になるわあ。 ネットウォッチ先は、生暖かく見守るという、暗

  • http://d.hatena.ne.jp/yama_r/20060806/1154795533

  • http://d.hatena.ne.jp/yama_r/20060715/1152975427

  • われ思ふ ゆえに・・・ - 誰が読んでいるかわからないから。(前編)

    リビングの電話を取ると、友人からだった。 いつもは携帯にかけてくるのに自宅になんてめずらしいなと思ったら、携帯の番号とメールアドレスを教えて、と彼女。 「べつに変わってないよ」 「ちゃうねん、携帯なくしてん。友達の連絡先、全部あれに登録してたもんやから、なんもわからんくなってしまって。この電話も年賀状見てかけてんねん」 えーー!思わず声をあげる。 「それ大変やん!」 「そうやろー、むちゃむちゃ困ってんねん。会社の人と飲んだときに店に忘れてきたと思うんやけど、ないって言われてさ。ほんま悲しいわ、いろんな写真撮ってたのに全部パー」 ……え。 私は「それは災難だったわねえ」と同情したのではない。電話番号、メールアドレスといったデータがたっぷり詰まった携帯、いわば他人の個人情報の塊をなくしたことについて、「大変じゃないの!」と言ったのである。 それなのに、彼女はさっきから携帯を使えない不便さしか口

  • ネットでは、あえて知人という表現を使う - 『斬(ざん)』

    ■われ思ふ ゆえに・・・の『誰が読んでいるかわからないから。(前編)』 『(中編)』 『(後編)』 を読んで。 IT 社会の危機管理についての警鐘を鳴らす、素晴らしい体験談のこの記事。是非多くの人に読んで欲しいと思います。 で、ブロガーなど、Web 上で匿名(顕名)で(時には実名でも同じ)何かを表現されるかたにとって、とても重要なことが書かれていますので必読です。自分または自分の近しい人の個人情報という最もプライバシーな部分に関することですのでね。特に、 そして、私が「書く」において注意していることのひとつが、これ。こういう場面で「固有名詞を特定されないようにすること」だ。 私は身近な誰か、あるいは何事かをクローズアップして書くとき、必要と思えば徹底的に設定を変更する。場所や状況、ときには登場人物の性別も変える。さらに念を入れ、何ヶ月も経ってからようやく話題にすることもある。 けれど、「日

    ネットでは、あえて知人という表現を使う - 『斬(ざん)』
  • 駄文ログ:最近wがうるさく感じてしょうがない

    いつの頃だったか,笑いの省略記号として使われているwという表記を文末に書くことに戸惑いを覚えるようになり,それ以降書かないようにしてきた.理由は分からないけど,なんでか嫌だと感じるようになった.でも最近になって,なんで嫌いになったのかが分かったような気がする. ■wは便利である wって,知っている人にとってはたったの1文字で笑っていることを伝えることができ,便利で使い勝手もいいと思う.特にチャットなんかだとたった1文字で済むというのは非常に効率もいいし,何かしらの反応をするにも,ただwだけ書いても伝わることがあるんだから,これほど便利な表現もないだろう. たった1文字で伝えられる.これは絵文字と共通するところがある. 絵文字にしても,そのたった1つの絵文字を使うことで今の自分の表現をうまく伝えることができる便利なものだ.ましてやバリエーションも豊富で,文章で書くと説明臭くなってくどくなりそ

    駄文ログ:最近wがうるさく感じてしょうがない
    AdYandW
    AdYandW 2006/05/28
    顔文字や“w”は覚えたての頃チャットとかでよく使ってた気がする。チャットする機会が殆ど無くなってから次第に使わなくなった。今じゃほぼ使わないですね。
  • 反応をもらえる2ch、反応をもらえないブログ - WINDBIRD::ライトノベルブログ

    2chでは、誰もが書き手であり読み手である。一つの共有された場所に皆が集まるから、書き手と読み手の距離はきわめて近い。2chでは、よほどの過疎スレを除けば、誰かの発言にはたいていレスが付けられる。たとえば、2ちゃんねらーなら「荒らしはスルー」がどれほど難しいかわかるだろう。荒らしに対してはスルーが最も有効であることは誰もがわかっているのだが、それを実行するのは容易ではないのだ。 一方、ブログでは、書き手と読み手は乖離していく。書き手と読み手は明確に区別されて、自己の領域と他者の領域さえも区別される。他人のエントリにコメントを付けるのには勇気が要るし、トラバなんてもう心臓止まりそうになりながら送ったりする。逆に言えば、エントリに対して必ずしもコメントが付くわけではないし、トラックバックが必ずあるわけでもないということだ。アルファブロガーともなるとなんだか凄いことになってるけど。 つまり、ブロ

    反応をもらえる2ch、反応をもらえないブログ - WINDBIRD::ライトノベルブログ
    AdYandW
    AdYandW 2006/03/20
    あまりにコメントがつくペースが早いと、レスが遅かったりする私はすれ違ったり、置いてけぼりになってしてしまいそう。
  • あなたに向いているのはブログ?それともSNS? - 北の大地から送る物欲日記

    ブログとSNS 個人が作るウェブサイトと言うと、今ではほとんどそれはブログを指すってくらいブログはメジャーになった最近です。おそらく、これからネットデビューしよう!自分のページを作ろう!って人は、まずはブログを作ってみようと考えるのが普通なんじゃないでしょうか。 また、SNSと呼ばれる参加者が互いに友人を紹介しあって、新たな友人関係を広げることを目的に開設されたコミュニティ型のウェブサイトも急激に流行ってきています。こっちは紹介制なことが多く、自由に参加できるわけではありませんが、ブログより手軽に自分の場所を作ってネットに参加することができます。 SNSってどんなサービスなんだろう? 日SNSで一番大きなmixiを例にとってみると、mixiに参加すると自分のプロフィールと日記を掲載できる自分のページがもらえます。ここではブログのようにコメントを付けられる日記が書けたり、自分の知り合いの

    あなたに向いているのはブログ?それともSNS? - 北の大地から送る物欲日記
  • 読めない・書けない - kmizusawaの日記

    ■読めない・書けない http://yumizou.blog1.fc2.com/blog-entry-829.html を読んで思ったこと。 ブログなどをやっていると、LD(学習障害)などで読み書き能力が損なわれているとか(実際これを自分でもわかってないとか、説明しても周囲に障害であるとわかってもらえない(努力不足と決め付けられる)という問題もあるらしい)経済的社会的事情で学校に行けなかったとかいう理由ではなく、とりあえず学校教育は受けておりこれだけ周囲に(雑誌やマンガやネットなども含めて)「読むもの」が溢れているのに「読まない」「読めない」人がいるということに対して「えー」となってしまうんだが… それは私の価値観であって、「読まない」人や試験のために必要と言うことでもなければ「読む必要を感じない」(その結果読めなかったりもするが普段はそれで困ってない)という人たちにしてみれば、こんな毎日

    AdYandW
    AdYandW 2006/02/25
    「読み書き」出来ない人は代わりにコミュニケーション能力があるということ?偏見だろうけど社会では「読み書き」よりコミュニケーション能力を求められる気がする。だからなのか、確かに必要性を伝えるのは難しい。
  • ネット文体は双方向を前提とする - ARTIFACT@はてブロ

    明日は明日の風が吹く - ソーシャルブックマーク時代のコラム [ARTIFACT@ハテナ系] http://d.hatena.ne.jp/yas-toro/20060207/p1 私は、パソ通の延長として、「対話する」事を意識して書いている。「自分語り」であっても、それはあくまでも「私の考えはこうだ」という事を書いているのであり、それに対して「こうじゃないの?」とか「賛成」とか、そういったコメントなりTBがあれば、嬉しいと思う。つまり、一方向からの書き方をしつつ、双方向のやり取りを期待した文章な訳だ。 自分も大枠ではそうなんだけど、ネットで書いている場合、反応されるのは当然ということもあり、わざと隙を作ったりすることが。悪く言えば釣り。米光さんのコラムはまさにそれが前提になっていて面白いという。 「初めから、双方向になる事を前提とした文章とはどういうものか?」というのは、メールやメッセンジ

    ネット文体は双方向を前提とする - ARTIFACT@はてブロ
  • ネットでの人格はナゼやさしいのか? - 『斬(ざん)』

    yauo-iさんの「おいしいたまごやき」のおいしいたまごやき:【リアルともバーチャルとも】のコメント欄を見て感じたこと。 え~、Blogで交流のある方は、特にgooBLOGな方かもしれませんが、非常に優しくて親切な人が多いと思います。 ネット上でwebサイトを持っている人は、一部を除いて往々にしてやさしいですね。 これは、例えハンドルネームとはいえ、運営者が存在することが大きく関わってきます。 webサイトを持っている人のほとんどは、自分の運営するwebサイトについてのリアクションが当然欲しいはずです。面白いのか違うのか、見やすいのか違うのか?など、どんな些細な事でも良いから、自サイトについての意見には飢えているモノです。 当然、リアクションをくれた人は「お客様」扱いになりますので、非常に好意的に受け入れてしまいますね。たとえ、批判めいた事だったとしても、それが的を射ったモノであれば、自分

    ネットでの人格はナゼやさしいのか? - 『斬(ざん)』
  • サヨナナ: こっちが正論なんだから他人を粛正して良いのだと妙に強気になり、オピニオンリーダーに追随して死に体になった弱者を徒党を組んで平気で踏みつける『理論派の』人々が嫌い

    「こっちが正論なんだから他人を粛正して良いのだと妙に強気になり、オピニオンリーダーに追随して死に体になった弱者を徒党を組んで平気で踏みつける人々」が嫌い 俺、「こっちが正論なんだから他人を粛正して良いのだと妙に強気になり、オピニオンリーダーに追随して死に体になった弱者を徒党を組んで平気で踏みつける『理論派の』人々」って大っ嫌いなんですよ。 ※上記とエントリタイトルより『理論派の』を削除します。エントリ体で言いたいことの中心ではないので。(05/01/10 23:22) インターネットの個人サイト同士で論争になったりするじゃない? 最近の言葉で言うと炎上、ですよ。 自分のサイトのアクセスを稼ごうとするなら炎上に持ち込むのが一番早いんです。みんな炎上の野次馬するの、大好きですから。ま、そうして稼いだアクセスなんてすぐ消えてなくなっちゃいますけどね。 頭のいい人が隙のない正論で相手をやり込

  • ウェブの二つの文化圏の衝突【後編】ネガティブリンクと批判する側・される側の論理[絵文録ことのは]2006/01/05

    前編「無断リンク禁止問題にみるリンクする側・される側の論理」では、このネット上には大きく分けて二つの文化圏があり、ネットの特性に根ざした原住民型「リンクフリー文化圏」と、一般社会のルールに基づいた移民型「リンク許可文化圏」が存在していることを指摘した。そして、「無断リンク禁止問題」はその二つの文化圏の衝突(カルチャーショック)であり、解決は困難だろうという希望のない結論であった。 後編では、もう一つ、似ているが別の現象である「ネガティブリンク問題」について扱う。これは単純な作法だけではなく、「悪意」を含む・感じ取るという厄介な問題も含まれているので、項目を分けることにした。 ■批判は隠すべきか、明らかにすべきかという対立軸 今回もまた図にしてみた。 もう一つ、批判を匿名でやるのか、固定名(実名または固定ハンドル)でやるのかという軸を重ねるといいんだろうが、3次元グラフにするとややこしいので