『愛なき世界』(三浦しをん 著) まず、藤丸陽太が見習いとして働く本郷の洋食屋「円服亭」がすばらしい。洋食だけではなくラーメンや煮魚定食まであり、手頃な値段なのにおいしい。床は飴色に磨き上げられ、木枠の窓からは光が差し込む。一人で読書しながら食事をとる客もいれば、老夫婦がお互いの料理を分け合う姿もある。 その円服亭に出前を頼むようになるのが、T大学理学部の松田研究室だ。植物学を研究するその室内もまたうつくしい。サトイモの葉のように巨大なものや、蘭やら野菊のようなものであふれ、光と緑に満ちたあたたかな部屋なのだ。シロイヌナズナの葉の細胞や遺伝子を研究する博士課程の院生で、いつも変なTシャツを着ている本村紗英は、植物の不思議さとうつくしさを藤丸に語って聞かせる。 門外漢ではありながらも、野菜を切るときにその断面や葉脈に見入り、「生き物の命を食べるという、死と生をつなぐ行為だから、料理が好きなの