Washoku, the term for traditional Japanese cuisine, represents a profound aspect of Japan’s rich cultural and culinary heritage. Recognized by UNESCO as an Intangible Cultural Heritage of Humanity, Wa...
この世を生きるための諦観 1: 間違った解答を理路整然と語る人の方が、 正しいことをぶっきらぼうに語る人よりも 信頼される。 2: 相手の望む嘘を人情味こめて語る人の方が 望まれていない正解を理路整然と語る人よりも 信頼される 3: 人情味をこめて誠実な嘘をつく人よりも、 単に声の大きい人の方が、声が大きい。 3−1: 声の大きい人は、自分の声を聞いて生きている。 場合によっては、思い出したくないことや 忘れたいことや、気づかれたくないことがある。 4: 社会において真実と名付けられているものと 「論理的にこの世にあるとされる唯一の真実」 とは、あまり関係がない。 4−1: というか、後者の真実は、人間の言論空間とは 基本的に別の事象に存在するもので、その間に相互の やり取りは存在しない。 「真実はひとつ」 …だが、人生と真実とはあまり関係がない。 4
裸でなかった王様 「王様、次の演説会はこの衣服を着て出るべきでございます」 大臣が布を振るように手を動かしながら言った。だがその手には何も持っていない。 王様は眉をひそめた。何を言ってるのだ、この男は? 「これは、愚か者には見えない服でございます」 大臣はつつましやかに述べた。 誰よりも賢明な王様は答えた。 「だとしたら、私が愚かなのだな。私には何も見えない。」 大臣は笑った。 「私にも見えません」 「ふざけているのか、お前は。 この不景気で倒産が相次ぎ、ほとんどの国民が明日に不安を持って悩んでいる今の時期に、くだらない冗談を言っている暇はないのだ」 「あるいはふざけているのかもしれません。だが、あなたに仕えてこのかた、これほど真面目になったこともありません。私の提案は政治家生命をかけてのことです」 大臣の目は揺るがなかった。 「王様、あなたはこの服を着るべきなのです」
おいおい、醜さも含めての「プロ」だろうが 『宴の支度:「プロ」と「アマ」の13の違い』 という記事を読んで: なんか、「プロ」という言葉を崇拝している方が、「プロ>アマチュア」という価値観の元に、いろんな美談を並べたもんだよなあ、とか感じてしまう。 確かにまあ、「自分の求める職人的な人生観」という意味なのならば、いい指標だろうと思うんですよ。職人人生の美しさは私も崇拝する。 だが、残念ながら実際の世界の「プロ」というのは、そんなに美しいものではない。多分、それは社会の事実だと思う。 * 「プロ=作業の代価として金を貰う人」 という狭い観点に絞るならば、その内容の9割までは 「社会的立ち位置=既得権益」 によるものだ。本当の実力に起因する要素は1割くらいなもんだろう。 そして、金を貰うためだけなら、必ずしも「技術」や「成長」へのこだわりは必要ない。特に「自信や誇り」はむしろ商売の邪魔になる。
無神論とか日本教とかドラえもん教とか 先日のフィクション話と連関するのですが、 「米国を席巻する「新しい無神論者」の非寛容と、ほんの少しの希望」 の記事を読んでの戯言。 すなわち対象が神であれ指導者であれ問題なのは信仰であり、理性こそ世界のあらゆる問題に対する答えなのだという。 こうしたユートピア思想と選民思想(自分たちこそ最も優れた人間であるという思い込み)は、わたしが参加しているグループにおいても頻繁に感じた。 ううむ。たしかに、日本人には多いことになっている「無宗教」と、ドーキンズ張りの「積極的無神論」ってのが、昨今の社会では色々と取り混じっている。要は A・ 私は特定の宗教にコミットすることを拒否する B・ 神を語る行為は科学的でなく、どんな神をも信じるべきでない の違いみたいなもので、Aは自由だと思うけと、Bの立場にはあまり賛成できない。 正直、私の位置するのは、 「
科学とニセ科学の根拠 ASCII.jp トレンド: 信じるな疑え! 「ニセ科学」批判の菊池教授に聞く はてなブクマを見ると、読者の反応は「菊池教授けっこう男前議論」だったりした。ある意味ポイントついている。 やはり、真実の信頼性は「属人的」なモノなのです。で、ある以上、やはりニセ科学対策ってのはツライよなあ。 科学の根拠付けと、ニセ科学の根拠付け そもそも、「物理世界は合理的なルールで運営されている」という科学の基本原則は、合理的に導かれてきたものじゃあなくて、宗教的に納得されるものだというのは、良く指摘される。 人々が科学に納得している根拠付けには幾つかある: 1・尊敬できる偉い人が科学を信じている(属人的納得) 2・説明を聞いて、考えて、腑に落ちた(aha体験的納得) 3・科学に基づいた工学が利益を生む(利害的納得) 4・みんなが信じているから多分正しい(慣習的納得) 一般的に
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