育児休暇宣言(http://d.hatena.ne.jp/simpleA/20090801)をしたので、いろんな方から、「がんばってね」と言われる。ありがと。 ところが、中には、「いいね」とうらやましがる人がいる。 おそらく、おおよその境界線として、育児経験がある人は「がんばってね」と言い、育児経験がない人は「いいね」と言う、かもしれない。 (いつもより早いタイミングですが、)何が言いたいのかっちゅうと、こちら*1でもコメントしたよーに、育児休暇を休暇だと考えると「いいね」と言うだろうが、育児の実態は、そんな甘いもんじゃーなかった。 語弊ありで正直言って、育児より、仕事のほーが、かなーり楽チンでーす。 子供ってのは、ゆーこと、聞きませーん。人がメール打ってると、ちょろちょろ寄ってきて、キーボードを連打し、挙句のはてに、Enterまで押しちゃって、はい、送信!「ちょっと、やめてー・・・やめな
15:26 | http://anond.hatelabo.jp/20090605174936やっぱりこれ、読むたびに泣きそうになるエントリーだよなぁ。これを書いた元増田さんの葛藤は分からないとは言わないのだけど、どうしても腹立つのがこのくだりなんだよね・・・。子供ほったらかして仕事かよ。おめでてーな。と思う。子供かわいそうってのもあるけど、一番大事な、そして面白い時期に一緒にいないで後悔するよ。と余計なお世話な気分になる。これ言われるとわたし、ぺちゃんこになってしまう。どすん。少なくとも昨日も書いたとおり私は母子家庭である故に働かない選択肢を持てない人間なのですが、とにかくどの角度からにおいてでも「子どもかわいそうね」って言われるのがすげーすげーすげー嫌だ。で、このエントリーが私をさらに追い込んでくれた。http://anond.hatelabo.jp/20090606141956「子供
私、戸籍とか婚姻届とか離婚届とか、そういうのが嫌いなんですね。結婚とかそういうのって自分たちのためにするものであって、「なんで国に管理されなきゃいかんのか」とか、「事実関係とかよりも国に認められたどうかで優遇や保護が決まるなんておかしくね?」とかみたいな考えの持ち主です。 ただ、まあ、それほど気合が入った思想ではないので、この度結婚するにあたっても空気に負けて婚姻届は出すつもりです。あと、税金とか有利ですし。 で、普通に結婚するのもシャクなので、せめてもの抵抗で、結婚契約書を交わすことにしました。 契約書は「ネットでひな形探して、適当にひねろう」と思っていたのですが、残念ながら公開されているものが全く見つからなかったのです。行政書士さんでそういうサービスをやってるところがいくつかあったのですが、お金ももったいないし、せっかくだから自作してみることにしました。 で、どうせだから公開してみます
製薬会社で新薬開発に挑む研究者。2人の息子(6&0歳)がいます。ママ研究者(今は臨床系)、日々の思いを綴ります! 夫が脱ポスドクをし、転職してから、もうすぐ1年になります。 毎日、遠距離通勤、よく頑張っていると思います。仕事にも慣れ、少しずつ自信もついてきたようです。 転職が話題になったのは、昨年の7月の頃でした。彼の場合、大学院で大学を変わっていたり、ポスドクも異分野で始めたということもあり、実績も少なく、その分野でポストをゲットしたり、PIになれる確率は限りなく低いものでした。それは、私にも、夫にも分かっていたこと。だけど、何となく触れてはいけない不文律になっていました。 夫の場合、数年でめどが立たない場合、道を変えるということを宣言していました。ただ、私が思うタイミングとズレがありました。「数年後でいいや」という夫と、「変わるんだったら、年齢的にも、キャリアとしてもできるだけ早い方が
研究, 雑感 | 22:12 | それは危機感と向上心なのではないか、と同僚と今後の自分たちの描くキャリアパスの話をしていて思った。そして、現状に満足せず常にもう1つ上のステップを目指して外からの圧力と自らの意思をうまくからめて動き続けるしかないということで、ひとまず現時点での自分なりの結論とした。日々の仕事に忙殺されると、視点は近視眼的かつ独善的になりやすく、しかも、自分が知っている方法論、つまり、これまで自分が蓄積してきたものに依存した仕事の進め方を選んでしまう。それでは仕事を成し終えても自分の中には何も残らないし、ただ仕事を行う責任があるから遂行しているだけで、面白みも何もあったものではない。仏像を彫ることに満足してしまい魂を込め忘れるのと同じだ。第一、自分の成長がそこにはないから、自分の中に蓄積したモノがなくなった時が仕事が進まなくなるか、もしくは、成長の壁にぶつかる時だ。アカデミ
今週のAERAに、人権侵害であるブーケトスのせいで、「特集」なのに霞んでしまった記事がある。 働くママ」は偉いですか?「ママ礼賛」の微妙な空気 カンタンに説明すると、最近のマスコミに煽られて、出産や育児を「ファッションとして捉える」ちょっとアレな働くママが増えているよ。そういう「ママは絶対善」という空気ってどうなの?という内容。どのくらいイタいママかは本誌を読んでほしいのだが、例えば産婦人科に行くのにホワイトボードに「病院」と書いて全休をとる(後輩が病気で半休をとった時はイヤミを言っていたのに)40才のプロジェクトリーダー。とかそういう人々がいる。ということだそうです。 この記事を読んで胸騒ぎを押さえきれなかった「働くママ」予備軍(現在絶賛休暇中)の私が、全力で「働くママ」を擁護してみたいと思います。 ■とはいえ「働くママ」はまだまだ少数派なんだよ ブーケトスは今日も全国の何千何百という会
女性のレイプファンタジーについて――ただし、自分のために - ビジネスから1000000光年 元エントリの本筋とは毛色が違うのだけれど、「母という呪い」については、考えていたことがあったので、よい機会なので書いておく。 「頭に岡蒸気」と揶揄されるほど男尊女卑思考な父親の娘として育ったので、父親との確執というのは、思春期の初期からずっとかなり自覚的であったし、周りにも目に見える形で進行したのだけれど、一方、母親との確執というのは、ずっと潜行していて無自覚で、「重力圏を突破した」とまがりなりにも思えるようになったのは、かなり最近のことだったりする。 ま、つまり、自分にとっては、自分の母親が母親であると同時に、ただの普通の(善くもあり悪くもある)人間のひとりであり、かつ、過去から続く現在進行形で女でもあるということ、それだけのことを受け入れるのに、それなりの時間と根性と経験と、ある種の諦めが必要
ちょっと今までのことを書いてみる。まず本人のやる気が大切。なにかやりたいことが出来たら、実現可能かどうか周りに訊いてみるのがまず最初にやること。たとえば子供のとき、私は天文物理学の研究者になるのが夢だった。誰かガイドしてくれる人がいるとありがたい。若い、どころか小学校ぐらいの幼いときは、自分の漠然とした目標を達成するための手順と難易度を、回りの大人に教えてもらう必要がある。一方で、人間は20をすぎてから、結構妙なところで化けたりするから、学問に関しては、高校ぐらいで「この辺でもうやめとけよ」って言うのは大人の余計なお世話だと思っている。学部でたいしたことなくても、大学院で化けるなんてざらだ。でもとにかく、自分をガイドしてくれる大人がそばにいることが、環境のひとつだと思う。私には25ぐらいまで、そういう人はあんまり周りにいなかった。気づいたら天文物理学と研究者になる夢はどこかにいって、計測器
――転職、結婚、出産。 どれも35歳を過ぎると、ハードルが上がる。 ビフォー35歳(B35)は35の壁を前に、 何を優先すればいいか迷う。―― その日は朝から、電話も鳴らなかった。四つの机と接客スペースからなる小さなオフィスは、いつも以上に静かだった。 「いったん、事務所を閉めようと思うんだ」 司法書士のケンジさん(30)が切り出すと、事務所を共有する会社経営者の友人もうなずいた。苦しい状況は、お互いにわかっていた。 20代の頃、ケンジさんはとにかく稼げるようになりたかった。大学時代はトラックの運転手やカード会社のアルバイトをし、月収が50万円近くあった。それをネタに就職活動を行うと、都市銀行から内定を得た。 任される客や配属される支店を見れば、自分の評価がわかる。上司にも取引先にも可愛がられたが、入社して2年した頃、迷いが生まれた。このまま会社に与えられたレールの上を歩いていて、
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