社会学と近代、近代化に関するYOWのブックマーク (23)

  • 風土病の民俗学 - 関西学院大学

    変化し続ける現代社会 多角的アプローチで読み解く 人と人、企業、地域、国家などの集団と人の関係性に注目し、メディア、心理、文化などの観点からアプローチする社会学部。 現代社会の質に迫る社会学的想像力を養い、自分の関心を専門的に掘り下げるカリキュラムを編成しています。 自ら課題を発見し、解決できる専門知識と実践的な調査・分析能力を身につけ、社会を生き抜くことができる力とともに、社会をつくり、社会を支える力を育みます。 特色 4年間を通じた少人数の演習科目を主体的に学び、自身の研究を深めていく 社会学の基礎を学んだ後、興味・関心に応じて専攻分野を決定 人のつながりで学びを活性化する「ピア・エデュケーション」を推進 海外留学やSociology in Englishを通してグローバルな視点を獲得 社会で活きる「調査能力」が身につく実践的なカリキュラム MORE 専攻分野 MORE 社会学部は、

    風土病の民俗学 - 関西学院大学
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    YOW 2017/06/23
    「1941−45 年の年あたりの徴集・召集率を見ると、1896−05 年コーホートが2.31% であるのに対して、1906−15 年コーホートが 12.96%、1916−25 コーホートが 26.34% と、幾何級数的に比率が増大している」
  • 日本の若者はこれからもずっと不幸です/成功よりも「没落」の可能性のほうが高い理由(わけ) - デマこい!

    社会の荒廃を、貧困層のせいにする人がいる。いわく、貧乏人は無計画に子供を作り、しかも教育にカネをかけないので、バカが増えるという。当だろうか? あるいは教育コストの高騰で「豊かな人がますます豊かになる」という。当だろうか? どちらも間違っていると、私は思う。 一般的に、所得が増えると出生率は下がる。これは世界中で観察される現象だ。 ところが日のように豊かさが飽和した社会では、「金持ちでなければ子供を作れない」という状況が成立する。極端な例を想像してみよう。もしも生まれてくる子供たちが「金持ちの子」だけだとしたら、数世代後には全人口が金持ちの家系の子孫になるはずだ。反面、所得格差がなくなるとは考えづらく、人口が入れ替わっても貧富の差は残り続ける。つまり大多数の人が「没落」を経験することになる。 現実には、こんな極端な状況にはならない。が、「高所得なほど子供をたくさん作る」という傾向

    日本の若者はこれからもずっと不幸です/成功よりも「没落」の可能性のほうが高い理由(わけ) - デマこい!
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    YOW 2012/06/17
    「豊かな国ほど出生率が低く、貧しい国ほど出生率が高い。ところが先進国だけでグラフを作り直すと、興味深い結果になる。所得の高い国のほうが出生率も高くなる」
  • nagaitosiya.com

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    YOW 2008/02/22
    ルーマンのヴェーバー言及検索>ルーマンの目的論的行為説明は複雑性の縮減の結果であり、複雑性縮減そのものではないとの点に批判点残る>ウェーバーは目的/価値のどちらの合理性も目的志向行為をモデルにして説明
  • NHK解説委員室ブログ | 視点・論点 「シリーズ戦後 『若者のナショナリズム』」 - 大澤真幸

    << 前の記事 | トップページ | 次の記事 >> 2007年08月15日 (水)視点・論点 「シリーズ戦後 『若者のナショナリズム』」 京都大学大学院准教授 大澤真幸 8月15日は、日人にとって、ナショナリズムという問題を考えずにはいられない日です。 そこで、今日は、若者のナショナリズムについて論じてみたいと思います。 90年代中盤以降より、右傾化やナショナリズムの傾向が若者の間で高まっている、と言われています。 たとえば、2002年のワールドカップの折に日を屈託なく応援する若者たちを指して、香山リカ氏が「ぷちナショナリズム」と呼んだ現象、あるいは、歴史教科書問題とも深く結びついている、小林よしのり氏のマンガ『戦争論』の大ヒット、あるいはネットでのいわゆる左翼バッシング等が、このことを示しています。 これは、NHK放送文化研究所による「日人の意識」という調査から、「日に対し

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    YOW 2007/10/09
    >「本気になって信じてはいけないが、信じているふりをすることなら構わない」同左d:id:YOW:20070720/大澤『ナショナリズムの由来』で、最も普遍主義に立脚する者が特殊主義に反転すると。多文化主義と現代ナショの共振
  • 連載第一六回:自由とは何か? - MIYADAI.com Blog

    ■連載の第一六回です。前回は「人格システム」概念を紹介しました。復習しましょう。通念では、社会の構成要素は個人。ところが、社会システム理論では、社会システムの構成要素は行為です。行為からなるシステム(行為システム)に、社会システムと人格システムとを区別します。 ■行為の纏まりが、自らに属する行為と属さない行為を、自ら境界設定する働きを示すと見做される場合、行為システムと呼ばれます。中でも、複数の個人主体に跨る選択連鎖(選択接続=コミュニケーション)に準拠したときに見出される行為システムが、社会システムです。 ■他方、単一の個人主体が展開する選択連鎖の纏まりに準拠したときに見出される行為システムが、人格システムです。社会システムも人格システムも、要素たる行為が、物理的同一性でなく意味的同一性により定義されるので、間主観的な了解を前提とした概念です。 ■「日社会」に属し得る行為と属し得ない行

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    YOW 2007/10/07
    「再帰的な伝統主義」>伝統や共同性が存在するなら、常に既に全行為に貼り付いている筈。殊更に言挙げして「ソレを守れ」と選択の対象にした途端これらはベタでなくネタとなり、「既に伝統は空洞化」した。
  • Amazon.co.jp: ナショナリズムの由来: 大澤真幸: 本

    Amazon.co.jp: ナショナリズムの由来: 大澤真幸: 本
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    YOW 2007/09/13
    これも先日買った。読み出しの今のところは、良い意味でオーソドックスという印象。福田歓一読んだ後の復習してる感じ。
  • 橋本努「ハイエクの進化論に関する考察」

    「ハイエクの進化論に関する考察」 経済学史学会大会1999報告要旨です。正式な原稿にするまで、引用はお控えください。 橋努(北海道大学) hasimoto@econ.hokudai.ac.jp 【はじめに】 ハイエクの進化論がもつ妥当性は、具体的政策の指針を提供するような理論レベルにはない。むしろ文明論として考える必要がある。文明論は、具体的な制度設計を行なうに際して、フロネーシス(賢慮)を与えるという役割を引き受ける。具体的な制度変更は、傲慢な理性(設計主義)によってなされてはならず、自生的秩序に対するフロネーシスを用いてなされなければならない。ハイエクの進化論は、政策「内容」に関する理論的基準というよりも、むしろ政策「運営」に関する賢慮の指針を提供する。 それゆえ、ハイエクは自由主義者ではなく社会民主主義者であるという批判は、一面において適切である。ハイエクは、政策に関する基準を進化

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    YOW 2007/06/05
    この方の本は、ハイエク理解には一番参考になりました。
  • 政治思想基礎2-2

    もし相手が必ず黙秘することを知らない限り、相手が自白した場合の大きな損を考えてこれを避けるため双方が自白する。 方法論的個人主義と全体論 全体=部分の総和? 方法論的個人主義...「合成の誤謬(fallacy of composition)」? 2.自己中心的人間 (その野心と孤独、肉体的衝突と没コミュニケーション) 個人主義=利己主義(エゴイズム)    全体論=利他主義?? 科学と倫理 個人主義的な利他主義の可能性は? ホッブズの「仮言命法der hypotethsiche Imperativ」 ←→カントの「定言命法der kategorische Imperativ」 ・「自然主義の誤謬」(G. E. Moore『倫理学原理』三和書房) 3.ホッブズと隠れた神 *政治理論は「超越者」を必要とするか? 「神学」から離脱した「近代的」政治理論は自らが神になることを意味した。 「自然法」

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    YOW 2007/04/27
    自然法での抵抗権で考えると、「法の支配」と自然法、ってやっぱ別ジャンルかなと気がしてきた>近代、自然法上の権利と主張されるより立憲主義実定法体系全体支える民衆側の権力批判的態度として伏流する
  • 連載第二〇回:法システムとは何か?(上) - MIYADAI.com Blog

    ■連載の第二〇回です。前回は「宗教システムとは何か」の後編でした。前編では、宗教定義史を振り返った上で社会システム理論的な宗教定義を示し、後編では、宗教進化論を紹介した上で、内在/超越の二項図式に基づく宗教的コミュニケーションを説明しました。 ■今回は法システムについてお話しますが、前回扱った宗教進化論の知識が直接役立ちます。そこで若干の復習をしましょう。宗教とは、前提を欠いた偶発性を無害なものとして馴致する装置の総体です。偶発性の現れ方と馴致主体との組合わせが宗教類型を与えます。 ■まず、偶発性が個別の「出来事」として現れるか、一般的な「処理枠組」として現れるかで、分岐します。次に、偶発性が「共同体」にとって問題になるが故に「共同体」が処理するのか、「個人」にとって問題になるが故に「個人」が処理するのかで、分岐します。 ■原初的宗教では、前提を欠いた偶発性が「出来事」の形をとって「共同体

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    YOW 2007/04/03
    >「法=主権者説」(主権者による威嚇を背景とした法)では法内容の恣意性、悪法遵法問題が克服出来ず/「慣習説」(近代の自然法論)では法変更の可能性を基礎付けられない。
  • 連載第二一回:法システムとは何か?(下) - MIYADAI.com Blog

    ■連載の第二一回です。前回は「法システムとは何か」の前編でした。法とは、紛争処理の機能を果たす装置でした。紛争処理とは紛争の根絶ではなく、公的に承認可能な仕方で──社会成員一般が受容すると期待(認知的に予期)できる仕方で──収めることでした。 ■公的に承認可能な仕方で「手打ち」をする。それが法の機能です。どちらかが死滅するまで戦う代わりに「手打ち」をするのは、生命や財産などの社会的損失を抑える意味があります。でも、それだけが重要なら、初めから戦わないという選択もありそうに見えます。 ■しかしそれだと強い者のやりたい放題になってしまう。今日まで続いた社会はどこでも、「やりたい放題は許さない」という意思(規範的予期)を社会成員一般が持つことを前提にしています。だから、やりたい放題に対して断固戦い、その上で「手打ち」するのです。 ■公的に承認可能な「手打ち」を実現する方法を巡り、法定義が分岐しま

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    YOW 2007/04/03
    >原初社会の仇討ちが、権利でなく義務だったればこそ法は「威嚇による紛争回避」と成り得る/現代社会:「威嚇による紛争回避」が法の機能と看做すのは誤り。「同害報復意志の表明」を義務として期待されてないため
  • 現代の母親はダメになったのか -歴史からの考察 /広田照幸  (PDF)

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    YOW 2007/02/07
    via kaikai00さん/子供の人身売買について1953年意識調査、農村部では「許容」の回答が46%「強い条件付き」も含めれば93%て。今日びの高齢者の説教には、昭和.大正の記憶がトンでしまってるのかと、奇異に思う事あるワナ
  • 1920-50年代のフランス社会学

    荻野昌弘(関西学院大学) 社会学冬の時代 第2次世界大戦を挟んだ1920年代から50年代(政治的には第3共和政から第4共和政にかけて)にかけてのフランス。それは社会学にとって「冬の時代」だった。その理由のひとつとして、この間、社会学が大学制度のなかで、ほとんど居場所をみつけることができなかった点が挙げられる(社会学が制度的に陽の目を見るようになるのは、第5共和政(1958年)に入ってからのことである)。社会学は、単に制度的に不遇であっただけでない。当時の知識人の多くは、社会学という学問に対して高い評価を与えてはいなかった。デュルケーム亡きあと(デュルケームは1917年没)、特に1930年代に入ると、社会学の外部からデュルケームに対する批判が寄せられ(たとえば、『番犬』におけるポール・ニサン)、それに伴うように、デュルケーム学派は分裂し、学派の勢力も衰えていった。このような状況は、大戦直後も

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    YOW 2007/01/02
    学生さんのレポート? 人名やトピックの概要
  • 政教分離原則の歴史 - 研究生活の覚書

    ジャン・ジャック・ルソーの『社会契約論』第四篇第八章に“civil religion”というよく分からない概念が書かれている。長さにして2頁くらいで、当に最後の最後に唐突に出てきて、それきりになっている。学部学生時代、ハンナ・アレントの文献を読むゼミに出席していた時、当時の政治思想史の教授がふっと、「あれ、よく分からないんだよね」と言っていた。なぜこの話が出てきたのかは、私はもう憶えていないが、たぶんギリシャの政治と宗教の問題をアレントが論じていた時に、教授が思い出したのだろう。 ニコロ・マキャベリは、領主としてのローマ教皇の存在がイタリアの統一を妨げていると考えていたのは有名なわけだが、彼の宗教としてのキリスト教に対する否定的な感情は、『ローマ史論』の中に出ていて、要するに「キリスト教は共同体への英雄的な献身を生み出さないが、異教(古典古代のギリシャ・ローマ)の宗教ではそれを讃える」と

    政教分離原則の歴史 - 研究生活の覚書
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    YOW 2006/11/01
    >「市民宗教」という捉え方は米の宗教/政治のあり方に無理に欧州の政教分離原則を当てはめてるのでは。そもそも欧州の世俗化が異常で例外的だというもの。そこで新たに提案されるのが「脱世俗化(desecularization)」理論
  • 2006年度 政治学基礎 I

    萩原能久 ラビリンスワールドの政治学「ガイダンス」 萩原能久「<政治的なもの>の概念」、『国家の解剖学』(日評論社) 川崎修・杉田敦編『現代政治理論』(有斐閣アルマ) S.ウォリン『政治学批判』、みすず書房 S.ウォリン『西欧政治思想史』、福村出版 アリストテレス『政治学』、『ニコマコス倫理学』、岩波文庫 N.マキアヴェリ『君主論』(中公バックス 世界の名著) T.ホッブズ『リヴァイアサン』(1)、(2)、岩波文庫 M.ウェーバー『職業としての政治』、岩波文庫 A.P.ダントレーヴ『国家とは何か』、みすず書房 岡野八代『シティズンシップの政治学』、白澤社 杉田敦『境界線の政治学』、岩波書店 上記の杉田書の概要については 杉田敦「主権・境界線・政治」(岩波書店、『思想』2004年第3号) 大学教育での政治学の位置 法学部型 ドイツの「国家学」がお手 政治経済学部型 イギリスの polit

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    YOW 2006/09/30
    >Robert A. Dahl「権力行使のパラドックスと権力の"非対称姓"」←権力物理的強制力の支配か、意味の支配(negative sanctionを用いた相手の合理的判断力(≠非合理性)への作用か)
  • MIYADAI.com Blog - 間もなくマル激本第四弾『天皇制と日本のナショナリズム』が出ます。まえがきです。

    MIYADAI.com Blog (Archive) > 間もなくマル激第四弾『天皇と日のナショナリズム』が出ます。まえがきです。 « 東京カワイイ戦争に参戦? | 日、僕が企画に関わった『ETVワイド』(「団塊の世代」特集)がオンエアです! » ■安倍晋三内閣の誕生直後に前書きをしたためている。2006年9月26日。安倍首相個人の資質について取り沙汰されているが、それよりも問題にするべきは、この「ナショナリズム」を賞揚する首相の内閣支持率が、発足当初ではあるものの、七割前後に及ぶことだ。 ■前小泉内閣の支持率も一貫して五割前後だったが、結論から言えば、「この種のナショナリズム」が大々的に通用することの背後に、戦後史に関わる「健忘症」を見出さざるを得ない。そしてこの「健忘症」は何よりも「象徴天皇制」を巡って際立っていると感じる。 ■最初に断っておけば、私(宮台真司)は旧東側や戦前日

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    YOW 2006/09/29
    >資本主義先進地域でも「感情の社会的正統性」帰属先」として、〈生活世界〉と結合した共同体重視の欧州型と、宗教的良心と結合した結社重視の米国型 <ここ数年の欧・米の意識調査比較http://www.tkumagai.de/Chuoo%20Bush.htm
  • 自然状態・自然権・国家 ホッブズ、ロック再読

    自然状態・自然権・国家 ホッブズ、ロック再読 『環』第5号(2001年4月) 稲葉振一郎 近代的な意味での「国家論」は17世紀、市民革命期イギリスの論者たちのいわゆる「社会契約論」からはじまる、というのが普通の理解である。厳密に歴史学的に言えばこのような理解はもちろん雑駁にすぎる――契約説的国家論は古代や中世に遡れるし、契約説を過度に重視すると国家のもうひとつの面、集権的権力体としての国家の理論の歴史を見落としてしまう――が、それでもこれが通説となっていることにはもちろんそれなりの理由がある。第一に、これらの近代社会契約理論は近代民主主義の正当化のロジックの原型を提供してくれており、それは今なお説得力を持って通用している。そして第二に、これらの理論は「自然状態」の概念をその基礎に置いている。この概念を持つがゆえに、近代社会契約理論は従来の契約的国家論やその他の政治理論とは異なり、近代社会「

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    YOW 2006/07/29
    >現実の社会システムが存在し継続する為に肝要と思われる何らかの契機が抜き去られた仮説的状況、それが「自然状態」<自然状態もまたフィクション的例外と理解しないとミイラ採りがミイラ、まさに危険孕むホッブス
  • フェデラリズム余話(1) - 研究生活の覚書

    以前、有名なロシア政治研究の大御所のS先生と二人で昼をとっていたとき、こんな会話をした。 先生「アメリカ連邦制のモデルが、実はインディアン諸部族の連合形態をモデルにしているって話を聞いたことがあるんだけど、どうなの?」 私「はあ・・・。そんな説もありますね。そういえば、フランクリンが友人への手紙の中でインディアンの政治形態をずいぶん詳細に書いています」 先生「インディアンっていうのは、もともと中央アジアにいたモンゴロイドだよね。だとすると、それは当然なんだ。彼らは基的にフェデラリズムで存在している。だから、アメリカ大陸に渡ったモンゴロイドがフェデラリズムを構成しているというのは分かる話だ。でね、今の日国憲法はアメリカが作ったわけで、アメリカの連邦憲法の影響が日にも少しは流れているとしたら、これは壮大な太平洋史観になって非常に愉快だと思うんだ」 学術の中心にいながら、こういう飛び道具

    フェデラリズム余話(1) - 研究生活の覚書
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    YOW 2006/01/20
    >インディアンのフェデラリズム←フランクリンが研究をしていた>ただしどの程度自分達の統治形態の問題としてみていたか分らないが
  • サービス終了のお知らせ

    サービス終了のお知らせ いつもYahoo! JAPANのサービスをご利用いただき誠にありがとうございます。 お客様がアクセスされたサービスは日までにサービスを終了いたしました。 今後ともYahoo! JAPANのサービスをご愛顧くださいますよう、よろしくお願いいたします。

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    YOW 2006/01/14
  • 「政治の精神史」(1999年度前期、一般科目)

    (※講義録からの抜粋。ご意見、ご感想、苦情等ございましたら小田川まで) 目次: 0.ガイダンス 1.イントロダクション----政治政治学とはどういうものか 2.ハーバーマス----近代理性の批判的継承 3.アーレントの生涯 4.ハンナ・アレントの政治思想の様式 5.全体主義 6.『人間の条件』の政治思想 7.近代社会 8.政治と思考 (※授業計画の都合上で、途中ニーチェとポパーについての話を入れたが、ここでは敢えて省略した。) 0.ガイダンス (0.1)講義の目的 (0.2)履修上または自習上の注意事項 とにかくテキストを繰り返し丁寧に読むこと。それと、ほぼ毎回簡単な小レポートを課す予定。成績評価は小レポートによる出席点と二回のレポート(2000字程度の「中レポート」)によっておこなう。 (0.3)テキスト・参考書 カノヴァン、M『ハンナ・アレントの政治思想』未来社(テキスト) 寺島俊

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    YOW 2005/10/11
    「全体主義の新しさ:どんな点で従来の専制(暴政)と異なっていたか、アレントの議論をもとに説明せよ」
  • nagaitosiya.com

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    YOW 2005/09/10
     『裸族〜』人力での回答の関連で 永井俊哉