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ブックマーク / fujipon.hatenadiary.com (11)

  • それでも、「努力すれば報われる」 - 琥珀色の戯言

    「努力すれば報われる」の罠(はてな匿名ダイアリー) 小さい頃から、努力すれば報われると教えられてきた。 実際、受験も部活動も、恋愛も、すべてが一定以上に報われてきたと思う。 でも、社会に入ってからはそうじゃないと知った。 「努力しても報われない」どころか、 「努力さえさせてもらえない」「努力そのものを全否定される」なんてのはザラだ。 「何について努力するか」を選ぶことや「努力より考えが重要」と言われた。 いきなり180度態度を変えてくる。 話が違うじゃないか、と思ったが、社会人から言わせると 「それはお前が努力すると報われるぬるま湯の世界から出て、現実を見ようとしなかったせいだ」 と言うことになるらしい。親父も大体同じようなことを言っていた。 僕は学生時代から、「部活動や恋愛では、自分でどんなに努力しているつもりでも報われなかった」ので、少なくとも人間関係や自分の適性がない方面に関しては「

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    another 2008/12/04
  • ブログと「常連客」 - 琥珀色の戯言

    ブログと客 - jkondoの日記 うーん、「有名人ブログ」だったら、こういうスタンスが「正しい」のではないかと思います。 というか、一般のユーザーがやっているブログでは、1ヶ月にユニークユーザーが3000人も増えるなんてことは、ほとんどありえない話です。 ここに、ふたつの「人気ブログ」があります。 『Ken's blog:志村けん公式ブログ』と皆様お馴染みの『しょこたん☆ぶろぐ』 この2つのブログを比較して思うのは、「やっぱり、中川翔子さん(眞鍋かをりさんでもいいです)のほうが、『仕掛けてるよな』ということです。 「仕掛ける」って言葉については、↓を参照。先日の第138回芥川賞の「選評」より。 池澤夏樹 「なぜか最近の候補作には、寝そうで寝ない男女の仲をゆるゆると書いた話が多い。今回で言えば津村さんの『カソウスキの行方』も中山さんの『空で歌う』も山崎さんの『カツラ美容室別室』もそうだった

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    another 2008/02/28
    孫引き: 「よい店は味を変えない よい客は店を変えない」
  • 「兄の人生の物語」と「ある個人史の終焉」 - 琥珀色の戯言

    まさか「兄の人生の物語」をリアルだと思って読む人がそんなにいようとは - 愛・蔵太のすこししらべて書く日記 発端は、この『兄の人生の物語 - ロハスで父が死にました』というエントリなのですけど、僕自身は、このエントリを読んで、なんというか、すごくもぞもぞとした感触、短くまとめてしまえば「やるせなさ」とか「居心地の悪さ」しか感じられなかったんですよね。いや、これをリアルな話として捕らえた場合、最後の一文に「感動」するのって僕にはとても難しい。この話の後に続くのは、なんらかの「破綻」であることは目に見えているのだから。 僕がこれを読みながらずっと考えていたことって、「自分の子どもがこういう感じだったら、はたして愛せるだろうか?」とか、「こういう人に自分の恋人がレイプされたりしたら、いったいその悔しさはどこにぶつければいいのか?」ということでした。正直、どこに、何にそんなに「感動」できるのかよく

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    another 2007/12/13
  • 琥珀色の戯言 - 「ブログに期待しすぎてしまった人」の悲劇

    公募ガイド 2007年 04月号 [雑誌] 出版社/メーカー: 公募ガイド社発売日: 2007/03/09メディア: 雑誌 クリック: 1回この商品を含むブログ (3件) を見る いろんな懸賞や小説、シナリオ、キャッチコピー、イラストなど「現在公募されているもの」を1冊に集めた「公募ガイド」というがあるのですけど、その2007年4月号の読者投稿のページに、42歳の読者(性別は不明)のこんな投稿が掲載されていました。 1年と5ヶ月続けていたブログを閉鎖しました。理由は、執筆活動に専念したいから。日々の暮らしのさりげないエピソードを書くのは、とても楽しい作業でした。自分が書いた日記に、携帯電話で撮った写真を添付して、印刷、保存しています。いい思い出になります。 でも、一々、訪問してくださる方に、その方の日記を読んで、コメントを返すという作業が辛くなったのです。わたしの場合は、何かを書くと、1

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    another 2007/03/19
  • 「匿名で書き続けること」の難しさ - 琥珀色の戯言

    http://blog.drecom.jp/akky0909/archive/865 ↑で書かれている「文学の定義」に関しては、僕には僕なりの考えがあるし、AkkyさんにはAkkyさんなりの考え方があることなので、とくに異論も反論もありません。いろんな意味で「文学に熱い人」だなあ、とは思いますし、そういう人がいてくれるというのは、むしろ心強いことでもありますので。 このなかで、 「文学」というものに当に権威を認めないというならば、「文学」を否定されることに何らの痛痒も感じないはずです。もし感じるとするならば、それはどこかで「文学」というものに対する権威付け(ないしは価値付け)が行なわれているからではないかという気がします。そして僕の見るところ、fujiponさんの音としては、匿名における「文学」の存在を否定されるのが嫌なのだと読みました。 と書かれているところに関しては、「当に『文学

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    another 2007/01/12
    不特定多数の人に影響を与えられるからこそネットは楽しいんじゃないか。断言する。金じゃあない。
  • 九十九式の活動停止と「テキスト系サイト」の現在 - 琥珀色の戯言

    テキストサイト『九十九式』の歴史 ↑を読みながら、かなり感傷的になってしまいました。ああ、活動終了なんだ、『九十九式』。僕にとっての『九十九式』というのは、まさに「ザ・テキストサイト」とでも言うべき存在で、その更新様式とか語り口とかネタとか他のサイトとのつながり方とか、その「テキストサイト的なもの」のすべてにおいて、ひとつのゴールデン・スタンダードだったような気がするのです。 でも、その一方で、『九十九式』のこの「区切り」のエントリを読んでいて、閉鎖の寂しさというよりは、むしろ爽やかな「やり遂げた感」みたいなものが伝わってくるのは、まだこちら側にいる僕としてはちょっとせつなかったりもするんですよね。 ところで、僕がこのエントリを読んで、いちばん印象に残ったのは、この部分でした。 九十九式が事故に巻き込まれて真っ白になっていた空白期間に、「夏の自由研究」と称して、別の場所でブログをやってみた

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    another 2007/01/07
  • 「客であること」をふりかざす人々 - 琥珀色の戯言

    ボードゲームサークルの運営について(by 卓上遊戯創造館別館(11/8)) http://d.hatena.ne.jp/stelmos/20061108#1162993420 ↑のエントリを読みながら考えたのだけれど、こういうのって、ある集団が大きくなっていく過程において、必ず出てくる問題なのでしょうね。僕にとって身近な例で言えば、この「インターネット」というやつだって、大昔の「パソコン通信」の時代には、「パソ通をやっている人間」というだけでお互いに「同好の士としての仲間意識」みたいなものがあったのだけれども、いまや「インターネットをやっている人」だからといって、お互いに親近感を抱いたりはしませんし。まあ、「ヘビーブロガー」同士とかなら、多少はそういう連帯感みたいなものも生まれやすいのかもしれませんが。 考えてみれば、個人サイトとかブログなんていうのは、まさに「無料のサークル」みたいなもの

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    another 2006/11/16
  • 琥珀色の戯言 - 「ネットを手段にする」という幻想

    世間には勘違いしている人が多いみたいなんだけど、「ネットを足がかりに作家デビュー」なんていうのは、全然「近道」でもなんでもない。当に作家デビューしたければ、ネットに自作の小説をアップして感想待ちとかするよりも、世間にたくさんある文学賞に片っ端から応募したほうがいいに決まっている。「文学賞は狭き門」なんていうけれど、そこにはネットよりもはるかに高い確率で「良い作品を探している人たち」がいるのだし、うまくいけばプロへの道だって開けるはずだし、その程度の狭き門をクリアできないようなら、プロとしてやっていくのは所詮厳しいのではなかろうか。もちろん、それが最初から一発でうまくいく可能性は希少だけれど、少なくとも「なんとなくプロ目指してるんです」とか言いながら、馴れ合いのような環境で「自作を発表」して、手ぬるい「批評」なんて貰って喜んでいるようでは、いつまで経ってもどこからも声なんてかからない。そう

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    another 2006/07/05
  • 僕とパソコン通信とネットでの交友 - 琥珀色の戯言

    http://goby.jp/m/archives/000740.html というか、僕はインターネットにはじめて接続したのも6年前くらいなので、実際に「パソコン通信」なるものを体験したことがないのです。僕が知っている「パソコン通信」っていうのは、昔「ログイン」の巻末に載っていた寺島令子さんの「墜落日誌」というマンガで接する機会があった程度のものでした。しかも僕は「墜落日誌」を読みながら、「ああ、僕はまだ、『パソコン通信』に手を出すほどオタクじゃないな。まだまだ大丈夫!」なんて、自分に言い聞かせていたのですからなんともはや。まあ、今から考えたら、僕に「ハードオタク」呼ばわりされる筋合いなんて「パソコン通信の人たち」には、まったく無かったわけですけど。 でも、http://www.enpitu.ne.jp/usr6/bin/day?id=60769&pg=20060325 ↑に書いたように、

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    another 2006/04/06
    「サイトが「成長」すればするほど、「政友」はできても「親友」ができなくなる」
  • 「はてなダイアリー」というコミュニティ - 琥珀色の戯言

    http://www.mypress.jp/v2_writers/reiko_kato/story/?story_id=1344899 ※これって僕の個人的な印象なので、そのつもりで読んでくださいね。 僕はβテスト時代から、ずっとこの「はてなダイアリー」を使っているのですけど、自分では「そろそろ2年くらいかな」と思い込んでいたのですが、調べてみたら、もう3年以上もやっているんですね。自分でもびっくりしました。初回は2003年2月17日。借りたときの印象としては、「面白そうなサービスだけど、いつまで続くかわかんないよなあ。『はてな』そのものもなんだかこじんまりとしてるし。でも、どうせタダだし話のタネに借りてみるか…」という感じだったんですけどね。それがまさか、これだけ多くの人(ユニークアクセス1日500〜1000くらい)が読んでくれるようになるなんて、まったく「想定外」の出来事です。ネットに

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    another 2006/03/10
    ありゃ、これ、clipしてなかった。
  • 【連載】もう、個人サイト業界への「新規参入」の時代は終わった(3)〜個人サイトの限界と衰退  - 琥珀色の戯言

    僕は個人サイトというものの歴史を考える上で、ある業界のことを思い出してしまう。 それは、「パソコンゲーム」(古くはマイコンゲーム)という業界のこと。 たぶん若い人々には「なんじゃそりゃ?」と思われること必定なのだが、せっかくだから、そういう話を書いてみようと思う。 家庭用コンピューター(以下パソコン。来は初期のものは「マイコン」と呼ばれたのが一般的なのだが、今回は「パソコン」に統一しておく)」としては、1980年代初期のアメリカでのApple2や日でのPC8001,PC6001(NEC),FM7(富士通)あたりがパイオニアということになるのだが(もちろん、それ以前にも「パソコン」はあったのだけれど、長くなるのでこの辺からはじめることにしたい)、これらが初めて世に出た頃は、「コンピューターでゲームをやる」ということ自体が、かなりマニアックな趣味だった。なにしろコンピューターそのものが高価

    【連載】もう、個人サイト業界への「新規参入」の時代は終わった(3)〜個人サイトの限界と衰退  - 琥珀色の戯言
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    another 2005/10/27
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