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ブックマーク / www.vice.com (111)

  • ANTHRAX/S.O.D.のチャーリー・ベナンテがハードコアとメタルの交差点を語る

    もちろん、ANTHRAXとS.O.D、メタルとハードコアをクロスオーバーするスタイルについては、賛否両論あるだろう。しかし、チャーリー・ベナンテ(Charlie Benante)から伝わってくるニューヨーク・ハードコアへの情熱を否定はできない。独自のニューヨーク・ハードコアの観点など、興味深い話が飛び出した。 ※ CBGBにも通っていたそうですが、問題はありませんでしたか?「なんでCBGBにロンゲがいるんだよ!」とか。 もちろん最初は、まったく歓迎されてなかったよ。CBGBに行くのは少し怖かった。用心棒のビッグ・チャーリー(Big Charlie Hankins)や、ビリー・ミラノ(Billy Milano – S.O.D. , M.O.B.)、そしてレイビーズ(Raybeez – WARZONE)といった連中がいなければ、生きて帰れなかったハズだ。アイツらが「コイツらは大丈夫だ」って、俺

    ANTHRAX/S.O.D.のチャーリー・ベナンテがハードコアとメタルの交差点を語る
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    batta 2016/04/09
  • 「声」と「音楽」を武器にISと闘う クルド人女性アーティスト

    IS関連の最新ニュースを読み、椅子に座ったまま怯える以上の何かをしているアナタは、私よりも一歩先にいる。そんな私たちよりも数歩先にいるのは、27歳のポップスター、ヘリー・ラヴ(Helly Luv)だ。飛躍を遂げた、2ndシングル「Revolution」とそのMVで、ラヴはテロ組織に戦闘を仕掛けた。クルディスタンのなかでも、IS占領地からほど近いロケーションで撮影されたMVに、完全武装のヘリー・ラヴが実物の戦車、物のIS被害者とともに登場する。 「クルド版シャキーラ」とも称されるラヴは、イランで生まれ、フィンランドに育ち、現在はLAを拠点に活動している。彼女の家族は、長きにわたりクルド人戦闘部隊に所属しており、母親と祖父は、イラク領クルディスタン自治政府の軍事組織ペシュメルガ(Peshmerga)の著名メンバーであった。ラヴが発する鬨の声はYouTubeで400万回以上の再生数を獲得すると

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    batta 2016/03/19
  • 新たなストリートアート サインペイントが変える街の風景

    Everybody Matters ソウジャーン・ビジュアル・アーツ主催の「We Made This for You(あなたのために作りました)」というテーマのグループ展への出展作品。このショーは、アートに触れる機会がない人々や団体へ、アートをプレゼントするためのイベント。この作品は虐待を受けたり、親に捨てられてたり、なおざりにされている子供たちを助ける非営利団体ボーイズ・アンド・ガールズ・ヘブンに寄付された。 あなたが定義するストリートアートとは? 人々が長い間見てきたもの、例えば自分の暮らす街や仕事場にある建物の外壁だったり、そういったごく自然で当たり前になっている環境をアーティストやデザイナーがより良く、ポジティブな方向へリシェイプしていくこと。多くの場合、それがストリートアートだと思っているよ。 ストリートアートと聞くとグラフィティ、いわゆるイリーガルなスプレー缶アートを思い起こす

    新たなストリートアート サインペイントが変える街の風景
  • 江盛バイバルのエモエモ講座AMERICAN FOOTBALLが語るバンド史 - VICE

    こんにちは、江盛です。まだまだエモってますか? 最近はレコードをDIGっていないので、全然エモれていない江森ですが、先日DIGってエモれている友人に久々に会いました。そしたらば、なんですって、90年代インディー〜オルタナ系、バブルしちゃってるっていうじゃないですか。価格高騰ですって。ちっと前には、「こりゃキュート!ターンテーブルにちょっかい出す子ちゃん映像!!」の常連だったのに、今じゃハフハフ嗅ぐくらいの人気者なんですって。ああ〜、あんとき売らなきゃよかった。 そしてもちろんその流れにもエモあり。「エモ、リバイバルでバブル。江盛バイバルでバブる」ですね。そんな現在の状況をあらわすのにピッタリなのが、やっぱAMERICAN FOOTBALL。唯一のアルバムである『American Football』が世に出たとき、既にこのバンドはいませんでした。やったライヴも数えるほど。ここ日ではもちろ

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    batta 2016/02/27
  • 壊れゆく豪華客船コスタ・コンコルディア

    写真家ジョナサン・ダンコ・キエルコースキーは、引き揚げられたコスタ・コンコルディアに忍び込んだ。そこで彼が撮らえたのは、醜くも美しい廃船となったコスタ・コンコルディア号の姿だった。船に忍び込むまでのいきさつ、幽霊船に乗船した感想を彼は語ってくれた。 どうしてコスタ・コンコルディア撮影のアイディアが浮かんだのですか。 コスタ・コンコルディアの座礁事件以来、ずっと興味があった。どうしたらあんなに巨大な物体が、ささいなミスと、ちょっとした岩にぶつかるだけで転覆するのか不思議でしょうがなかった。それから、海底から船を直立に起こすための技術、500人もの作業員、9,600億円を超える作業費用も気になっていた。解体のため、船がジェノバ港に運ばれたのを知って、見てみたくなったんだ。 見るだけでなく乗り込んだんですね。 1度目ははうまくいかなかった。沿岸警備隊に捕まって、引き返すしかなかった。2週間後にも

    壊れゆく豪華客船コスタ・コンコルディア
  • 聖なる呪詛 中世教会に遺されたグラフィティ

    中世教会の壁や座席には、おまじない、祈り、呪詛、守護呪文と思しきグラフィティが刻み込まれている。刻み込んだのは、主に信徒だが、教会によって刻まれたグラフィティもところどころに遺っていた。 マシュー・チャンピオン(Matthew Champion)は、新刊『中世のグラフィティ:英国教会の失われた声(Medieval Graffiti: The Lost Voices of England’s Churches)』で、イギリス中の教会を巡り、壁や座席の裏に描かれたグラフィティについて実施した調査から、「教会は、これまで考えられていた以上に、いわゆる「魔術」に関わっていたのでは」という興味深いテーマに突き当たった。チャンピオンによれば、教会が「中世の奇妙な獣や、未知のドラゴンと戦う騎士、石灰の海を渡る船や、壁に忍び寄る悪霊」たちの戦場になっていたという。壁や椅子には「ラテン語による死者への祈り」

    聖なる呪詛 中世教会に遺されたグラフィティ
  • アナログ盤の流行を素直に喜べない エレクトロニック・ミュージック界隈

    ダン・ヒルが経営するアバヴ・ボード・ディストリビューション(Above Board distribution)は、ロンドンを拠点に、いわゆる「P&D」と呼ばれるプレスと流通を請け負う会社だ。クライアントにはクロスタウン・レベルズ(Crosstown Rebels)、リキッズ(Rekids)、ホットフラッシュ・レコーディングス(Hotflush Recordings)などの錚々たる面子が名を連ね、アバヴ・ボードは、そういったクライアントのレコードをプレスし、小売店に出荷している。 アメリカ国内でのレコード盤売上は、CD販売開始後最高の売上を記録した。ちなみに、2014年の売上枚数1400万枚、2015年前半だけでも900万枚を売り上げた。この事実を知れば、レコード・ビジネスは昇り調子だ、と楽観したくもなる。しかし、業界全体のセールスが破竹の勢いで伸びているにも関わらず、ダンが扱っているインデ

    アナログ盤の流行を素直に喜べない エレクトロニック・ミュージック界隈
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    batta 2016/02/21
  • Yoko Kanno and The Seatbelts' 'Cowboy Bebop' Score Is Still the Coolest Anime Soundtrack Ever

  • マイケル・ジャクソンの旧自宅、 無人のネバーランドに潜入した貴重な写真集

    マイケル・ジャクソンの自宅兼遊園地でもあった「ネバーランド」。性的虐待疑惑の一件で無人となったこの土地に、勇敢にも数回にわたり忍び込んだ写真家たちが居た。貴重な写真と証言から見えてくる、ネバーランドのありのまま姿とは。 2009年、ツアー直前に惜しくも他界した、キング・オブ・ポップことマイケル・ジャクソン。ここ日でも多くの熱狂的なファンを持つ彼だが、絶頂を極めた1990年前後から、大手メディアによるスキャンダラスな報道が目立つようになっていた。2003年11月18日、複数のこどもに対する性的ないたずらをした疑いをかけられていたマイケルは、 3000エーカーの敷地を誇る自宅「ネバーランド」(脚注①)を約70名のサンタバーバラ郡の保安官らにより立ち入り調査された(マイケルはのちに所有権を譲渡し、約3年後には差し押さえられることとなった)。今回、VICEはマイケルの訴訟によってネバーランドが無

    マイケル・ジャクソンの旧自宅、 無人のネバーランドに潜入した貴重な写真集
  • アイアン・メイデンを230回も観たスパニッシュ・メタラーの武勇伝

    フェルナンド・リールが初めてスパンデックスの衣装を身にまい、「鋼鉄の処女」を名乗る猛者たちを目撃したのは、彼がまだ16歳の頃だった。父親の同僚に連れられて乗り込んだ、マドリッドのフェス「Rockódromo」で浴びせられた爆音、照明、スモーク、ヘアスプレー臭のメタル・イニシエイションで回心し、崇高なるメタル・ライフを歩み始めた。 そのギグは、若きフェルナンドにとって、人生のなかでも最高に強烈な体験であった。それ以来30年間、彼はメイデン・スペクタクルを何百回となく目撃することになった。正確には230回、メキシコやオーストラリアをはじめ、世界各地で頭を振り続けている。 フェルナンドの処女信仰は、1986年、バンドが数々の大仰なテーマを掲げ、シンセサイザド・ギターをちょろっとしか使ってないのに問題作扱いされてしまった『Somewhere in Time』に端を発している。世界中に散らばった何百

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    batta 2016/02/14
  • タワーレコード創業者ラス・ソロモンが語る 音楽シーンの過去・現在・未来

    「若いヤツの社交場がなくなってしまった。街でどこに行きゃいいのかわかんなかったら、とりあえずタワーレコードに行けばよかったんだ」音楽、映像、書籍を扱う大型販売店、タワーレコード(以下、タワレコ)の盛衰を描いたドキュメンタリー映画『All Things Must Pass』(2015)で、ブルース・スプリングスティーンはタワレコへの想いを語った。監督は、俳優のコリン・ハンクス。 スプリングスティーンの言葉は、音楽業界がデジタル化する以前、タワレコを訪れた音楽ファンであれば、誰もが共感できるのではないだろうか。創業から半世紀、タワーレコードは、音楽ファンに商品以上の価値を提供し続けた。アウトローやミュージシャンを夢見みるキッズにとって、最新の輸入盤が手に入り、服装規定がゆるく、共通の話題で盛り上がれる仲間(通常、相手の方が知識豊富である場合が多いが)も見つかるので、人気の就職先となり、店舗数は

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    batta 2016/02/14
  • グレン・ダンジグが語る音楽の秘密

    昨今のスーパーメタルな音楽シーンにとって、グレン・ダンジグ(Glenn Danzig)は、議論の余地も無いほどに必要不可欠な存在であることは間違いない。ローディ出身のこの男は、小さなパンクバンドだったMISFITSを伝説に変え、デスロック、パンク、メタルのハイブリッド、SAMHAINを創設し、肩で風を切るような歩き方、冷笑的な態度、強面の素顔に恥じない名声を手にし、数多くの羨望の眼差しを集めた。 より明快に「ダンジグ」の名を世に知らしめたのは、オジー・オズボーンとロイ・オービソンのミッシングリンクを具現化した歌唱法だ。すぐにそれとわかる歌声は、CROWBAR、KYUSS、SOUNDGARDEN、そしてもちろんMETALLICAまで、数え切れないほど多くのバンドに影響を与えている。 そんなダンジグが、2015年11月、久々の新作、カバーアルバム『Skeletons』をリリースした。 まあ、結

    グレン・ダンジグが語る音楽の秘密
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    batta 2016/02/05
  • ヘアスタイルでデヴィッド・ボウイの音楽的変遷を回顧

    ファッションアイコンとは、どう見ても、どう考えても、どこの誰が着てもへんてこりんな服を、完璧に着こなす人物のことだ。 デヴィッド・ボウイ(David Bowie)こそファッションアイコンであった。自嘲的でありながら堂々と振舞い、煌びやかであるが近寄り難く。いつでも失敗を恐れず、何にでも挑戦。あらゆるスタイルを試しては、ファッション業界に激震をもたらした。へんてこりんな服も彼が纏えば、すべてがハマった。 それこそが彼の成功の鍵。例えばトム・ジョーンズ(Tom Jones)のモジャモジャ、ミック・ジャガー(Mick Jagger)のボサボサ、イギー・ポップ(Iggy Pop)の不揃いブリーチ・ブロンドなど、他のスターたちがスターダムに立ったときのヘアに固執する一方で、ボウイは七変化を楽しんだ。音楽はもちろんのこと、ファッションや考え方など、どんなものでも分け隔てなく挑戦。そして盗む。そういえば

    ヘアスタイルでデヴィッド・ボウイの音楽的変遷を回顧
  • なぜバンクシーだけが 壁に描くことを許されるのか

    ロンドンで暮らしているとエリアを問わず、様々な場所でバンクシーが描いたグラフィティを見つけることができる。彼のグラフィティを探し求めて歩き回るなんてことをしなくても、何かの拍子でふらっといつもと違う道を歩いたときに、どこかで見たことがあるイラストに出くわして、後で調べてみると彼の描いたものだったなんてことが月に何度か起こるのだ。それくらいロンドンの街にバンクシー(の作品)は浸透している。またそうやって街中で見つけられる作品の中には、強化ガラスでカバーが取り付けられているものもあるというのが現状だ。街として彼の作品を維持していくという意志が感じられ、ストリートアートにある程度寛容なロンドン(特にイースト・ロンドン)でも、バンクシーは別格の待遇を受けていると言えるだろう。というわけで今回は、イギリス国内において、なぜ彼がそのように扱われるようになったのかということを様々な角度から探っていく。

    なぜバンクシーだけが 壁に描くことを許されるのか
  • VICE's Top Ten Comics of 2015

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    batta 2016/01/13
  • 指定暴力団に完全密着したドキュメンタリー『ヤクザと憲法』の衝撃vol.2

    先日、ある出版社から筆者(御取引先様)のもとに「暴力団等排除に関する誓約書」という紙が送られてきた。暴力団員、準構成員その他これらに準ずる者に該当しないこと、これらの者と密接な関わりを有していないことを表明し保証せよ、とのこと。ほかにもあるが、違反すると契約の全部または一部を解除するそうだ。親兄弟、親戚、友人などにヤクザがいたら、その会社とは仕事ができない。いつの間にか出版社が警察の手先のようなことを、さもそれが当然のように言う時代になってしまった。暴力団排除条例施行後のがんじがらめな現在を、ヤクザだけの問題とせず、自らのこととして考えるきっかけとしたい。 『ヤクザと憲法』──。東海テレビの取材班が大阪の二代目東組二代目清勇会に密着。40分テープ500におよぶ映像素材から72分に編集された作は2015年3月30日夜に放映された。そこに描かれていたのは、生活者としてのヤクザたちのあまりに

    指定暴力団に完全密着したドキュメンタリー『ヤクザと憲法』の衝撃vol.2
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    batta 2016/01/06
  • 指定暴力団に完全密着したドキュメンタリー『ヤクザと憲法』の衝撃 vol.1

    『ヤクザと憲法』──。東海テレビの取材班が大阪の二代目東組二代目清勇会に密着。40分テープ500におよぶ映像素材から72分に編集された作は2015年3月30日夜に放映された。そこに描かれていたのは、生活者としてのヤクザたちのあまりにリアルな日常だった。 東海テレビの取材班が大阪の二代目東組二代目清勇会に密着。40分テープ500におよぶ映像素材から72分に編集されたドキュメンタリー『ヤクザと憲法』が、2015年3月30日夜に放映された。そこに描かれていたのは、生活者としてのヤクザたちのあまりにリアルな日常だった。 中京エリアのローカル放送ながら、さまざまな手段を使って視聴した人々の評判が全国規模に拡大、噂が噂を呼び劇場公開が待望されていた。 今回、96分に再編集した劇場公開版の上映に先立ち、プロデューサーの阿武野勝彦氏にインタビュー。企画の立ち上げから公開に至るまでの秘話を語るその言葉

    指定暴力団に完全密着したドキュメンタリー『ヤクザと憲法』の衝撃 vol.1
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    batta 2016/01/06
  • モトリー・クルー最終公演で 事故に見舞われたトミー・リー

    スーパー・ドラマーであると同時に、スーパー・スタントマン、スーパー・エンターテイナー、スーパー・モデル、スーパー・アクター、そしてパメラ・アンダーソンのスーパー元夫と言えば、そう、スーパー・ロックバンドMÖTLEY CRÜEのトミー・リー(Tommy Lee)。そんな彼の代名詞と言えば、やはりスーパー・グルグル大回転ドラム。ドラムセット丸ごとロックンロールする技は、あのスーパー真矢さん(LUNA SEA)もお手にしましたが、いやいや、やっぱ家の回りの方がゴイスーですよね。 しかしそんなグルグル回転も遂にお終い。MÖTLEY CRÜEは、2015年12月31日、ロサンゼルスのステイプルズ・センターにてラスト公演を行ないました。もちろん、最後の勇姿を見ようと、最後のグルグルを見ようと、たくさんの人々が集まったわけです。ちなみにトミー、今回のファイナル・ツアーでは、360度ローラーコースター

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    batta 2016/01/06
  • Lee Dorrian帰還 「ただ俺たちがドゥームを信じていただけのことだ」

    ドゥーム・メタル・ゴッド、Lee Dorrianがシーンに帰還! この日を待ち望んでいた皆さま、当におめでとうございます。だってばさ、この人ったら、NAPALM DEATH、CATHEDRALのヴォーカリストとして君臨し、レーベル「RISE ABOVE RECORDS」も運営。長年に渡って、ドゥーム・ミュージックを布教してきた男の中の男なんですからねぇ。そんな轟音マスターが、元ELECTRIC WIZARDのMark Greening、Tim Bagshawと共にスタートさせたのがWITH THE DEAD。正にCATHEDRALやELECTRIC WIZARDの初期レコーディング作を彷彿させる、荒々しくも緊張感と悲壮感を帯びた壮大なサウンドを展開させております。全体的にトーンはダーティー。ギターは冷酷に、ドラムは緻密に重音を繰り広げ、そしてLee Dorrianのしわがれ声は、激しくぶ

    Lee Dorrian帰還 「ただ俺たちがドゥームを信じていただけのことだ」
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    batta 2015/11/30
  • タンポンで膝下を失ったモデル ローレン・ワッサー インタビュー

    2012年、カリフォルニアのモデル、ローレン・ワッサーはトキシックショック症候群に罹患した後、右膝下を失った。現在、彼女は自身の経験にもとづいて他の女性たちを励まし、タンポン業界と対峙している。「いつもすべて理想どおりだった」ローレン・ワッサーは自らの身体についてこう語る。ワッサーの母親は20年以上にわたりモデルの仕事をしていた。「90年代、ステファニー・シーモアやシンディ・クロフォードのような女の子たちと一緒にね」。ローレンは何の苦もなく、同じ道に進んだ。子どもの頃、彼女は母親と共にパリ、ミラノ、ロンドン、ニューヨークを撮影のために旅行した。彼女の初モデル仕事はパトリック・デマルシェリエが撮影。その当時、彼女は生後2か月であり、泣いてばかりで、カメラの前にいたことすら憶えていないが、ローレンがプロフェッショナルなモデルの道を歩み始めたのは、選択というよりは必然だったようだ。彼女の父親さえ

    タンポンで膝下を失ったモデル ローレン・ワッサー インタビュー