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ritesとhistoryに関するconsigliereのブックマーク (11)

  • 平安京の葬送地「鳥辺野」墓跡か、複数出土…徒然草や源氏物語にも登場 : エンタメ・文化 : ニュース : 読売新聞オンライン

    平安時代後期の墓跡がまとまって出土した調査地。手前は最大の方形区画墓の遺構(京都市東山区で)=文化財サービス提供 平安京の葬送地「鳥辺野(とりべの)」があったとされる京都市東山区の一角で、ほぼ出土例のない平安時代後期の墓跡が複数出土したと、民間発掘調査会社「文化財サービス」が9日発表した。専門家は「墓を計画的に整備していたことがわかる重要な発見」としている。 鳥辺野は平安京周辺にあった墓地の一つ。徒然草や源氏物語に登場し、藤原道長が荼毘(だび)に付されたという。同社は昨年12月~今年8月、約800平方メートルを調査。周囲を溝で区切った方形区画墓3基、木棺墓3基、供養塔「笠塔婆(かさとうば)」の断片など11世紀半ば~12世紀半ば頃の墓跡が出土した。 西側に方形区画墓2基が南北に並び、東側に木棺墓3基が直線上にあった。方形区画墓の一つは9・2メートル四方あり、平安貴族の墓の可能性があるという。

    平安京の葬送地「鳥辺野」墓跡か、複数出土…徒然草や源氏物語にも登場 : エンタメ・文化 : ニュース : 読売新聞オンライン
  • 「明和9年」はめいわく? 江戸の元号や譲位の史料一堂に

    いよいよ間近に迫った近代史上初の譲位。前回の譲位は約200年前の光格(こうかく)天皇の代に行われたが、当時の天皇はどのような存在だったのだろうか。古文書や絵図で江戸時代の朝廷や天皇のあり方をさぐる特別展(江戸時代の天皇)が、東京都千代田区の国立公文書館で開かれている。 (文化部 磨井慎吾) 信長の朝廷認識は? 約260年間続いた江戸時代。その初期と末期とでは、天皇の持つ存在感は大きく異なる。 江戸時代初期は、安土桃山時代からの流れをくむ。そもそも天下統一の道筋を最初に作った織田信長は、朝廷に対しどうしたいと考えていたのか。能寺の変の直前にあたる天正10(1582)年4~5月にかけて、信長を太政大臣か関白か征夷大将軍かのいずれかに任官させたい(三職推任)という正親町(おおぎまち)天皇の意向に対し、信長側が返答を保留したことを記した公家の勧修寺(かじゅうじ)晴豊の日記「日々(にちにち)記」は

    「明和9年」はめいわく? 江戸の元号や譲位の史料一堂に
    consigliere
    consigliere 2019/04/27
    林鵞峰『改元物語』おもしろそうだな
  • 平城宮第一次大極殿院における幢旗遺構の発見と奈文研の継続調査

    2018年11月 元日朝賀と即位式は、古代国家にとって最も重要な儀式でした。これらの儀式に用いられたのが、烏・日月・四神をモチーフにした7の宝幢・四神旗(幡)(以下、幢旗(幡))です。平安時代の史料には、主柱に2の脇柱が付く3柱の幢旗が大極殿の前に7横一列に並ぶと規定されています。1983年に第二次大極殿の前でこの宝幢・四神旗を立てた遺構が発見されると、発掘遺構からその実態に迫ることが可能になりました。 2016年、大宝元年(701)元日朝賀にともなう藤原宮幢幡遺構が発見され、1柱を立てる柱穴が中央に1基、その東西に各3基が三角形状をなして大極殿院南門前面に並ぶという、宝幢・四神旗(幡)を立てる儀式の最初の在り方があきらかになりました(図1)。しかしこの発見は同時に、大極殿の前面で3柱の幢旗が7横一列に並ぶ定型化した配列方式へと、いつ、どのように変化したのかという新たな課題を

  • 丸ごと埋葬された馬、平安京跡で初めて出土 鎌倉時代の源氏の武家屋敷か(1/2ページ)

    京都市下京区の鎌倉時代前期の屋敷跡内から、馬を1頭丸ごと埋葬した跡が出土した。調査した公益財団法人元興寺文化財研究所(奈良市)によると、馬の埋葬遺構が平安京の域内で見つかるのは初めて。発掘された場所は、源氏にゆかりの屋敷跡でもあり、同研究所は「源氏につながる武士が埋葬した可能性が高い」としている。 調査地は平安京左京六条二坊十四町にあたり、後白河法皇の近臣として活躍し、「平家物語」にも登場する宇多源氏(うだげんじ)出身の源仲国(なかくに)の屋敷跡があったことが分かっている。 マンション建設に伴い約250平方メートルを昨年調査したところ、東西2・1メートル、南北1・2メートル、深さ36センチの穴から馬1頭の頭部や前脚、後ろ脚の骨が体形に沿うように出土。一緒に出た土器から鎌倉時代にあたる13世紀前半に埋葬されたとみられる。 体の右側を下に埋められ、頭を西方向にして顔は南を向いていた。胴体部の骨

    丸ごと埋葬された馬、平安京跡で初めて出土 鎌倉時代の源氏の武家屋敷か(1/2ページ)
  • 高野山の日誌 崩し字を活字体に 金剛峯寺、江戸期の140年分 - 日本経済新聞

    高野山真言宗の総山金剛峯寺(和歌山県高野町)が4月から、高野山の儀式などを記した過去の日誌を崩し文字から活字体にするプロジェクトを始める。今後10年間でまず、江戸時代中期から末期の約140年分について作業する予定で、将来的にインターネットで無料公開する。平安時代に空海が真言密教の修行道場を開いてから1200年続く高野山は"歴史の証人"ともいえ、山口文章宗務総長公室長は「多くの人に高野山を身近

    高野山の日誌 崩し字を活字体に 金剛峯寺、江戸期の140年分 - 日本経済新聞
  • 藤原宮の幢幡遺構を読み解く - なぶんけんブログ

    2017年3月 2016年夏、藤原宮大極殿院の南門の前から、大宝元年(701)の元日朝賀の儀式で立てられた7の幢幡(どうばん)の遺構が見つかりました。『続日紀』はその儀式の様子を次のように伝えています。 「天皇、大極殿に御(おは)しまして朝(ちょう)を受けたまふ。その儀、正門に烏形(うけい)の幢(はた)を樹(た)つ。左は日像・青竜・朱雀の幡(はた)、右は月像・玄武・白虎の幡なり。蕃夷の使者、左右に陳列す。文物の儀、是(ここ)に備れり。」 正門とは大極殿院の南門のこと。その前に7の幢幡(どうばん)を立てならべ、盛大に元日朝賀の儀式がおこなわれました。「文物の儀、是に備れり」とは、法律や儀式をはじめとする諸制度と、官僚機構や行政組織などの国家統治のシステムが整ったことを誇示する表現で、大宝元年の元日朝賀は、律令国家の完成を慶祝する式典でもありました。 その儀式を荘厳した7の幢幡の具体的

  • 「悲運の皇子」惟喬親王しのぶ法要 135年ぶりに営まれることに - ライブドアニュース

    by ライブドアニュース編集部 ざっくり言うと 文徳天皇の第1皇子の惟喬親王をしのぶ法要が10日、京都市で営まれる 近年に史料が相次いで見つかり、135年前までは実施されていたと判明 惟喬親王は20代で出家を余儀なくされた「悲運の皇子」として知られる 提供社の都合により、削除されました。 概要のみ掲載しております。 関連ニュース ランキング 総合 国内 政治 海外 経済 IT スポーツ 芸能 女子

    「悲運の皇子」惟喬親王しのぶ法要 135年ぶりに営まれることに - ライブドアニュース
  • 藤原宮に701年の朝賀跡、奈良 旗穴七つ、続日本紀と一致 - 共同通信 47NEWS

    藤原宮跡で見つかった、元日朝賀で飾る幢幡を立てた柱穴の一部(矢印)=奈良県橿原市  日初の格的な都・藤原宮跡(奈良県橿原市)で、元日朝賀で飾る幢幡(旗)を立てた柱穴が七つ見つかり、奈良文化財研究所が28日、発表した。 続日紀の「大宝元年(701年)の律令国家の完成を祝う儀式で7の幢幡が立てられた」との記述と一致し、新体制をスタートさせた儀式の様子を知る大きな手掛かりとして注目される。 七つの柱穴は、2008年度の調査で見つかった一部を含めて大極殿院南門前の広場跡で出土。一つの柱穴を中心に、左右対称にそれぞれ三角を形作る配置で柱穴が三つずつ確認された。 研究所によると、幢幡の遺構としては最古。

    藤原宮に701年の朝賀跡、奈良 旗穴七つ、続日本紀と一致 - 共同通信 47NEWS
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    とうもろこしスイーツ奔走2024(更新中) 2024夏、とうもろこしのスイーツに執着してる。 元々ずんだやきな粉などの野菜穀物っぽい甘味が好きなのでとうもろこしも好きだろうとは思っていたのだが、去年べたいと思っていたとうもろこしパフェを逃した悔しさにより今年は余計に火が付いてしまっている。 とう…

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    consigliere
    consigliere 2016/02/06
    「なお、『続日本紀研究』412号は本来なら2014年10月に刊行されるところを、1年以上遅れて刊行」うーむ
  • 薬師寺東塔:土台下から和同開珎4枚出土 創建時の地鎮 - 毎日新聞

  • 西周期における祭祀儀礼の研究(4/3取り扱い店追加) - 博客 金烏工房

    このたび朋友書店より『西周期における祭祀儀礼の研究』というを出版しました。 A5版242頁、体価格6000円、ISBN978-4-89281-139-5 です。 以下、編目次を揚げておきます。(〓は外字部分) 序論 西周祭祀儀礼研究における二つの問題 第1節 西周祭祀儀礼研究と二重証拠法 第2節 西周祭祀儀礼研究と文化人類学的手法 (1) 文化人類学的手法の問題点 (2) 歴史学的手法への展望 第3節 書の構成 第1章 献捷儀礼の変化 はじめに 第1節 献捷儀礼の概要 第2節 西周前・中期の献捷儀礼 (1) 献捷儀礼中の燎祭 (2) 献捷儀礼中の〓祭 (3) 周王主催の祭祀について 第3節 西周後期・春秋期の献捷儀礼 (1) 貢納としての献捷儀礼 (2) 廷礼の形式による儀礼 小結 第2章 祭祀儀礼の場の変化(一) 〓京 はじめに 第1節 〓京の位相 (1) 〓京の地望 (2) 〓

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