「虐殺の存在は否定していない」と繰り返し表明しているのになんでこだわるの? とお思いの方もおられるかと思います。30万人説を否定するのによりによって「1万人くらいならあっただろうが…」と、私に言わせればそれこそ「ありえない」数字を挙げた宮台真司をひきあいに出している、というのが最大の理由です(トラバ送ろうと思ってMiyadai.comに久しぶりにアクセスしようとしてみたらできないもんで)。 まずは「南京大虐殺」はあったのか?」というエントリへのコメント欄での発言。 「どう考えてもありえない」というのは、論拠の説明が難しいのでこのような表現になっています。これは、文字通り、どう考えても必然性が見つからないという意味で「どう考えてもありえない」ということなのです。 仮にも「数理論理学を勉強してきました」と看板に掲げているブログでこんなこと書きますかね。「必然性」があったら「蓋然性」は100%と