大正末期、苦海に身を沈めていた女性の日記(随想)が朝日文庫に収録されました。原著は一九二七年(昭和二年)生活文化研究会刊の『春駒日記』です。解説は私に書かせていただきましたが、以下はその一部を新稿としたものです。 著者は森光子。といっても女優ではなく、吉原の「長金花」という遊廓で身を鬻いでいた春駒という花魁の本名です。花柳文献は多いが、娼婦自らの手になる資料は稀で、すでに朝日文庫から刊行された『吉原花魁日記』と姉妹編をなしています。 光子は群馬県高崎市内の貧しい職人の家に三人兄妹の長女として生まれ、高等小学校を卒業しましたが、大酒をくらって死んだ父親の借金返済のため、十九歳のときに吉原へ千三百五十円で売られてしまいます。周旋屋にピンハネされ、実際には千円と少々。詩歌と読書を愛する文学少女が、いきなり初見世を体験させられて人生に絶望し、何度も自殺を考えますが死にきれず、やがて周旋屋や抱え主や