東南アジアの歴史に対しては茫洋としていていまひとつ捉えどころがないイメージを感じてきた。目を閉じてみる。茫洋とした海原を越えた先に燦然と輝くアンコール・ワットが浮かんだかと思えば、すぐにヴァスコ・ダ・ガマらポルトガル人が押し寄せ、商人と海賊とが交錯するうちにポルトガルやオランダ、イギリスの植民地と化して、東南アジアの現地の人々の営みはすぐにイメージから消え去っていく。そのあとに浮びあがるのは二十世紀の苛酷な内戦と独裁と戦争、そして二十一世紀の目を見張る経済成長の姿だ。特に十五世紀以前の東南アジア地域のイメージは殆どないと言っていい。 近くて遠い東南アジアの歴史はどのようなものだったのか。著者は東南アジアの歴史を、古代から中世、中世から近世、近世から近代というような、直線的な『進歩と発展をともなう歴史展開ではな』(P29)く、『いうなれば「自己充実史」であり、「精神文化深化史」ではないだろう
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