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90年代後半に発展した概念としてのクソゲー - モノーキー
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90年代後半に発展した概念としてのクソゲー - モノーキー
▼アトランチスの謎だって、友達と理不尽な謎解きをするゲームとして意味があった。(あと攻略本というバ... ▼アトランチスの謎だって、友達と理不尽な謎解きをするゲームとして意味があった。(あと攻略本というバイブルと抱き合わせでもあった 今だったら攻略本じゃなくて、画集や世界観の設定資料集になるかもしれないね。 たけしの挑戦状なんかも、きっとビートたけしがそういうのがテレビゲームだと思って作ったように思える。 つまりは、昔のゲームってのは誰かが作った手のひらの中の理不尽を愉しむゲームだったわけで そんなもん、今のゲームのやり方で見たら全部クソゲーになる。 >私事で恐縮ですが、先日SFCドラクエ3の勇者一人旅クリアなどやっておりまして、その時にそれらランダム要素にえらく腹が立ったものであります。 ゲームが理不尽(ランダム)を愉しむものでなくなったように。 ビデオゲームにまっとうなロジックや戦略性が取り込まれていったことによって、お行儀のいいゲームが増えた。 タダのなのに、プレイヤーが