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坂のある非風景 香りがない小説の香り
私は、二十代そこそこの最初の頃から、「上手でない。」「作家として生活出来まい。」「魅力のない作家... 私は、二十代そこそこの最初の頃から、「上手でない。」「作家として生活出来まい。」「魅力のない作家。」とか「香りが無い。」とか云う評を、他人や友人から受けて居た。「香りが無い。」ということは、つまり、「花」が無いことである。 網野菊の講談社文芸文庫『一期一会 さくらの花』も最後の作品の、あと16ページという箇所にわたしはいる。読み終わってから書物について話すと、まるで別れた後でかつての恋人について語るようなことになりはしないか。そんなどうでもいいことを考えながらここにメモを記す。 下手である花もないという評価はよくわかる。したがって上手とか花があるとかそういうことが文芸を成立させるわけでもないことがわかる。66歳の作品である「一期一会」といったものになると、これははたして小説なのか、そういう問いがうまれるのもよくわかる。なにを書いても小説なのだが、けっしてそういう場所で網野菊は書いていたわけ