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零戦の後継機「烈風」
当時の日本海軍が、主力戦闘機を代替わりさせるサイクルは3年であった。世界全体でも平時では4年 戦時で... 当時の日本海軍が、主力戦闘機を代替わりさせるサイクルは3年であった。世界全体でも平時では4年 戦時では2年で次期主力戦闘機が開発される、日進月歩の時代だったのだ。 敵地に侵攻して敵機を撃墜し、制空権を確保する「制空戦闘機」を、甲戦と呼ぶ。14試局地戦闘機「雷電」 や局地戦闘機「紫電改」などは乙戦と呼んだ。乙戦というのは、進入する敵爆撃機を撃墜する 迎撃戦闘機のことを指す。 こうして考えた場合、零戦の正統な後継機が17試艦上戦闘機「烈風」なのは言うまでもない。 烈風は、零戦が制式採用された昭和15年末に「16試艦上戦闘機」として海軍から三菱に開発が内示された。 しかしこのとき三菱では零戦の量産や改造、14試局地戦闘機「雷電」の開発などに追われており 堀越次郎と曽根嘉年技師が過労のため、休養を取るほど忙しかったのである。 本来なら昭和16年初めの試作開始がタイムリミットだった
2013/03/21 リンク