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気に入っていても「記憶に残らない」クルマ、一方で同じように気に入っていて「記憶に残るクルマ」があるのはなぜ?それらを隔てるのは「魂を揺さぶるかどうか」だと思う
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気に入っていても「記憶に残らない」クルマ、一方で同じように気に入っていて「記憶に残るクルマ」があるのはなぜ?それらを隔てるのは「魂を揺さぶるかどうか」だと思う
| 人でもモノでも、新しい体験をさせてくれ、新しい選択肢や価値観を提示された場合にはじめて心が動... | 人でもモノでも、新しい体験をさせてくれ、新しい選択肢や価値観を提示された場合にはじめて心が動く | 意外や「自分の本当に求めるもの」は「自分が思っているもの」ではないかもしれない さて、いつも思うのが「あまりに優れたクルマは記憶に残らない」ということ。 一般に「出来の悪い子どもほど可愛い」とはいわれますが、ぼくは(自分自身では)あまりそういった考え方を持っていないと認識していて、そしてクルマにおいても「むしろ信頼性の低いクルマには乗りたくない(トラブル自慢をするような性格ではない)と考えているわけですね。 にもかかわらず、トラブルがまったくなく信頼性が高いクルマについてはあまり覚えていないことが多く、それについて考察してみたいと思います。 記憶に残っていないのはこんなクルマ まず、記憶に残っていないのはアウディTT(8J)、トヨタ・クラウンスポーツ、ポルシェ・マカンS。 これらについて

