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「オレの方が、より新日本プロレスだ」オカダに挑む柴田勝頼の危険な香り。(原悦生)
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「オレの方が、より新日本プロレスだ」オカダに挑む柴田勝頼の危険な香り。(原悦生)
柴田勝頼は柴田勝久の息子である。だが、勝頼は父・勝久のプロレスの試合を見たことがない。 何年も前の... 柴田勝頼は柴田勝久の息子である。だが、勝頼は父・勝久のプロレスの試合を見たことがない。 何年も前のことだが、柴田に父親のことを聞いたことがある。 「親父の試合は見たことないんですよ、ビデオでも。小さい頃、一緒にプロレスの会場に行った記憶もありません」と柴田は言った。 父親は、柴田が生まれる2年前に、レスラーをやめてしまったから、実際に見たことがないのは当然だが、映像でも見たことがなかったのだ。 父親はアントニオ猪木に請われて1972年、新日本プロレスに助っ人としてやってきた。 「ここに柴田を迎えに来たんだよなあ」 中南米を旅しているとき、給油で立ち寄ったグアテマラの空港で猪木はその頃を思い出して、ふとつぶやいた。 勝久は長髪にひげを蓄えた風貌でメキシコやグアテマラでは悪役で、流血ファイトも辞さなかった。 だが、その勝久の目は優しく、ファンがサインを求めると笑顔で丁寧に写真撮影にも応じていた