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新庄監督や立浪監督と比べてシブい人選だが… 藤本博史監督57歳が「ホークスの伝統」を継ぐ適任者なワケ《若き柳田悠岐らを育成》(広尾晃)
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新庄監督や立浪監督と比べてシブい人選だが… 藤本博史監督57歳が「ホークスの伝統」を継ぐ適任者なワケ《若き柳田悠岐らを育成》(広尾晃)
しかしながら、門田の前後を打つ打者はなかなか育ってこなかった。門田博光はずっと「孤峰」だったのだ... しかしながら、門田の前後を打つ打者はなかなか育ってこなかった。門田博光はずっと「孤峰」だったのだが、1988年になってようやく2人の主軸候補が登場したのだ。 1人は入団5年目の岸川勝也。そしてもう1人が7年目の藤本博史だった。藤本は門田博光と同じ天理高校出身。左の門田に対して岸川、藤本は右打ち。門田を挟んで中軸を打てばジグザグの強力な打線の山脈が完成する。 門田は身長170cmしかなかったが、肩幅は広く、上体はぶ厚かった。奈良県に住んでいて近鉄特急で大阪球場に通っていたが、スーツに身を固めた通勤姿は、重戦車のようだった。 これに対して藤本は183cmの長身。後年は肉付きがよくなるが、当時はまだ標準体型。柔道をしていたということもあり骨格はがっちりしていて、なかなか端正な顔つきをしていた。門田と並んでバットを振れば、実に頼もしい弟分という感じだった。 南海での最終戦でマルチ安打をマークした