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信長に一族郎党を滅ぼされたワケではない…500人以上の処刑後、荒木村重と息子たちが仕えた"意外な武将"
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信長に一族郎党を滅ぼされたワケではない…500人以上の処刑後、荒木村重と息子たちが仕えた"意外な武将"
「豊臣兄弟!」(NHK)でトータス松本が演じ、異彩を放つ武将・荒木村重。系図研究者の菊地浩之さんは「... 「豊臣兄弟!」(NHK)でトータス松本が演じ、異彩を放つ武将・荒木村重。系図研究者の菊地浩之さんは「村重といえば、謀反を起こして信長に家族や家臣を多数処刑されたことで有名だが、少なくとも3人以上の子が生き延びたようだ」という――。 小国の家臣から成り上がった村重 大河ドラマ「豊臣兄弟!」(NHK)で、荒木村重(トータス松本)が「ワシも成り上がりじゃ」と喝破するシーンがあった。実際のところ、荒木村重は成り上がり者だ。荒木村重は摂津(現在の兵庫県南東部)の国人領主・池田家の重臣の息子として生まれた。 村重が仕えていた池田勝正は、信長の上洛に反抗するも鎮圧され、和田惟政これまさ・伊丹親興とともに「摂津の三守護」の一人となった。しかし、元亀元(1570)年の三好三人衆の画策で池田家は内訌を起こし、池田勝正が出奔。勝正の養弟・池田知正(重成ともいう)が跡を継いだが、池田家は内訌(内輪もめ)で弱体化し

