エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
人はみな投影するーーあるいは天皇なる投影スクリーン
もとより、「天皇」は「父親」が投影されているスクリーンに過ぎない。(中井久夫「「昭和」を送るーー... もとより、「天皇」は「父親」が投影されているスクリーンに過ぎない。(中井久夫「「昭和」を送るーーひととしての昭和天皇」初出「文化会議」1989年) 明治以後になって、第二次大戦前までの父はしばしば、擬似一神教としての天皇を背後霊として子に臨んだ。(中井久夫「母子の時間 父子の時間」初出2003年 『時のしずく』所収) 私は必ずしもすべてがこうだとは考えていないけどね、特に今の若い人ならなおさら(両親は既に戦後生まれだから)。でもソコマデ?ーーリンクはやめとくよーー「非論理的に」あるいは「妄想的に」すべてを天皇非難に結びつける人を観察すると、何かあるんじゃないか、と勘繰りたくなるね。たとえば溺愛するオッカサマが、天皇崇拝者かつ支配的なオットサマかジイサマに酷い目にあったとかで強い怨恨を抱いているとかさ。 以下、先の中井久夫が言うスクリーンと投影についての参考文献。 ◾️スクリーン記憶 隠蔽記