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岡崎 文次-コンピュータ博物館
岡崎文次は1914年7月7日生まれ.1939年東京帝国大学理学部物理学科を卒業,直ちに富士写真フイルムに入... 岡崎文次は1914年7月7日生まれ.1939年東京帝国大学理学部物理学科を卒業,直ちに富士写真フイルムに入社し,レンズの設計を担当することになった.その設計には多大の数値計算を伴うことから,電子的な手段による計算を何となく考えていたときに,「科学朝日」の1948年8月号に掲載された安藤馨のIBM-SSEC(Selective Sequence Electronic Calculator)の解説記事を見て,その可能性を知った.そこで,「レンズ設計の自動的方法について」という社内レポートを出したところ,1949年3月に20万円の予算を与えられた.これがまさに,日本で作られた最初の電子式自動ディジタル計算機,FUJICへの第一歩だった. レンズの設計には何千本という光線を追跡する必要がある.岡崎の狙いはこの仕事を計算機で速やかに行なうことだった.1949年3月に研究に着手,実際の製作に着手したの