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日本思想史研究会(京都)のブログ
題目:1910年代における土田杏村の「文明批評」観の形成―学生時代を中心に― 発表者:小糸咲月(一橋大学... 題目:1910年代における土田杏村の「文明批評」観の形成―学生時代を中心に― 発表者:小糸咲月(一橋大学大学院博士後期課程) 日時:2024年2月9日(金)18時~ 場所:Zoomによるオンライン開催 (会員以外の参加希望者はshisoshiken@gmail.comにご連絡ください。) 要旨: 本報告では、文明批評家を自称していた土田杏村(1891~1934、本名:茂(つとむ))を対象として、彼の文明批評思想がどのように形成されたのかを明らかにする。杏村は、文明批評という言葉が生まれ、隆盛していく時期に評論活動を開始し、晩年に至るまで文明批評家を自称し続けた。彼に特徴的なのは、生涯にわたって文明批評家として執筆活動を続けたことに加え、同時代人によっても文明批評家と評されていたことである。このことからも、文明批評が日本においてどのような歴史を辿ったのかを考察する上で、杏村は適当な人物である