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西山茂行『ニシノライデン31年目の真実』
2/5(金) ニシノフラワーの命日です。一周忌でした。 コロナ禍でどこへも行けずに、何もできず。 心の中... 2/5(金) ニシノフラワーの命日です。一周忌でした。 コロナ禍でどこへも行けずに、何もできず。 心の中で手を合わせました。 ニシノフラワー セイウンスカイ ニシノライデン 西山牧場が産んだ3強ですね。 ニシノライデンの話を少々。 昭和62年、春の天皇賞ハナ負け2着、その後失格。 その舞台裏を31年たった今語りましょう。 トライアルの産経大阪杯(GⅡ)を勝ち、ミホシンザンの二番人気。 馬は最高の状態だった。 伊藤修司厩舎の調教助手だった寺井さんは今でも、あれ以上はなかったと言う。 レースは斜行癖のあるニシノライデンを嫌ったミホシンザン柴田政人は内へ。 内と外の離れた叩き会い。 ニシノライデンの騎手は田原成貴。 田原はニシノライデンが寄れる時が一番走るのを知っていた。 外にアサヒエンペラーがいるのはわかっていた。 でも天皇賞。控えるわけにもいかない。 田原は勝ちに行ってくれた。 その結果ゴー
2021/02/06 リンク