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3回目の本への書き込みと、あらたなはじまり。渡邉康太郎:アエラスタイルマガジン
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3回目の本への書き込みと、あらたなはじまり。渡邉康太郎:アエラスタイルマガジン
本を読むときペンがないと落ち着かない。読んでいるそばから書き込みたいのだ。印象的な箇所に傍線を引... 本を読むときペンがないと落ち着かない。読んでいるそばから書き込みたいのだ。印象的な箇所に傍線を引いたり、読書中の興奮を記すために行頭に「!」とだけ書いたり、思ったことを欄外にメモしたり。でも果たして、本を汚してまであえてやるほどのことなのか。 改めて考えてみると、本への書き込みは、いくつかの異なる意味を持っている──いや、 読む回数が増すごとに異なる意味を帯びる、とも言えそうだ。どういうことか。 1回目は、初読の喜びの記録だ。そもそも文字を読み進める行為は、一方向的な情報の摂取ではなく、むしろ双方向的な営みだ。目が文字の上をなぞるあいだ、わたしたちは無意識的に同意したり、興奮したり、悲しんだり、憤ったりする。思考よりも前に、なかば反射的に。自身のなかで、言葉を帯びる前の感情の泡が、微かに湧き起こっては消えていく。さらには、文字に触発されて、これまでの人生のなかで体験したり触れたりしてきた事