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「弁理士になりたい」か、「弁理士の資格をとりたい」か - 経営の視点から考える「知財発想法」
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「弁理士になりたい」か、「弁理士の資格をとりたい」か - 経営の視点から考える「知財発想法」
一昨日、ある中小企業診断士の資格を持たれたコンサルタントの方と話していて、よく感じている弁理士の... 一昨日、ある中小企業診断士の資格を持たれたコンサルタントの方と話していて、よく感じている弁理士の意識の問題点について、やはりそうかと感じました。 以前にも、弁理士というのは属性の一つであって主体ではないのでは、ということを書きましたが、診断士の世界では属性という意識が強い、というかほとんどそれが当たり前、ということのようです。 例えば、 � 弁理士になりたい � 弁理士の資格をとりたい 同じように見えて、実はこの意識の違いはとても大きい。�は弁理士を主体と捉えているのに対して、�だと属性の一つという位置づけです。社会人としてのアイデンティティが形作られる前に資格云々を考えると、意識としては�になっていきます。これだと画一化・同質化された弁理士が再生産されていくだけで、その中での差異は相対的なものになる。一方、社会人としてのアイデンティティが見えてきた後であれば、アイデンティティに裏付けられ