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「藤原宮大嘗宮跡」と「長岡宮西宮跡」報道にみる考古学による都城研究の現状を憂う-1の条 - yaaさんの宮都研究
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「藤原宮大嘗宮跡」と「長岡宮西宮跡」報道にみる考古学による都城研究の現状を憂う-1の条 - yaaさんの宮都研究
考古学を歪曲する戦前回帰の教育思想を拒否し、日本・東アジアの最新の考古学情報・研究・遺跡を紹介。... 考古学を歪曲する戦前回帰の教育思想を拒否し、日本・東アジアの最新の考古学情報・研究・遺跡を紹介。考古学の魅力を伝える。 2010年も終わろうとする時期に相次いで都城に関する重大な発表があった。一つは奈良文化財研究所による訂正発表、もう一つは財団法人向日市埋蔵文化財センターによる新発見報道であった。 前者は今年の夏に同研究所が大々的に発表した藤原宮朝堂の朝庭から大嘗宮跡が発見されたという発表が間違っていたという報道であった。後者は発見された遺構が過去の調査成果と合わせて検討した結果「西宮」という長岡宮初期の内裏跡だったという報道であった。後者については次回詳述する。 前者の報道に関してはネットのニュースでみたような記憶があるだけで、当時超多忙で見に行こうとする元気もなく聞き流していたところである。「ま、あるべきものが見付かったと言うことか?」という程度だったのかも知れない。 ところが、これが