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『ゴールデンカムイ』戦場に立ったアイヌたち 知られざる活躍 日露~太平洋戦争にて
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『ゴールデンカムイ』戦場に立ったアイヌたち 知られざる活躍 日露~太平洋戦争にて
八甲田山に駆けつけた辨開凧次郎(イカシパ)『ゴールデンカムイ』の舞台、直前の明治35年(1902年)。 ... 八甲田山に駆けつけた辨開凧次郎(イカシパ)『ゴールデンカムイ』の舞台、直前の明治35年(1902年)。 雪深い青森県の山中で行われた「八甲田山雪中行軍訓練」で、当時の陸軍は、史上稀に見る規模の犠牲者を出しました。 訓練の参加者210名中、実に199名が遭難で死亡したのです。 このとき歩兵第五師団が、難航する救難と捜索のため、協力を求めたのがアイヌ民族。 寒冷な冬の山を捜索するのであれば、彼らこそ頼りになると考えたのです。 早速、要請を受けた茅部郡落部村(かやべぐんおとしべむら)のアイヌ・イカシパ(和名:辨開凧次郎/べんかい たこじろう)は、仲間10人を引き連れ、八甲田山へ向かいました。 『ゴールデンカムイ』ではこの中に、イポプテもいたという設定がなされています。 現場に到着した辨開らは、67日間、探索に参加しました。 が、もとよりほぼ全員が亡くなった事件ですから、彼等も生存者を発見すること