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資本主義社会では「人は『こっくりさん』をやっているようなもの」という考え方の正体(酒井 隆史)
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資本主義社会では「人は『こっくりさん』をやっているようなもの」という考え方の正体(酒井 隆史)
グレーバーはマルクスやフェミニズムのインパクトを受けとめつつ、人類学を通して価値論をあらたに練り... グレーバーはマルクスやフェミニズムのインパクトを受けとめつつ、人類学を通して価値論をあらたに練りあげました。 そもそも未開社会では、これらの二つの領域が資本主義社会のようにするどく区別されません。モノの生産だけが生産であり、人間の生産は生産を支える活動であるとはみなさないのです。たとえば、未開社会では人間の形成に寄与した活動に貨幣が付与されることもあります。つまり、未開社会では、あるいは非資本主義社会では、人間の生産が重視されることもあるのです。これを、人間が手段ではなく目的そのものになるといった表現をします。 マルクスは、そのキャリアの初期から『資本論』を執筆する後期にいたる中間のあたりで、エンゲルスとともに『ドイツ・イデオロギー』というテキストを書いています(生前は公刊されなかった草稿です)。そこでマルクスは、生産のうちに物質財の生産のみならず、「人間存在自身」の生産、そして社会的諸関