エントリーの編集
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
更級日記【あこがれ/門出/東路の道の果て】冒頭の品詞分解・現代語訳・原文と内容を解説 | 百人一首で始める古文書講座【歌舞伎好きが変体仮名を解読する】
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
更級日記【あこがれ/門出/東路の道の果て】冒頭の品詞分解・現代語訳・原文と内容を解説 | 百人一首で始める古文書講座【歌舞伎好きが変体仮名を解読する】
古歌に「あづまぢの道の果てなる常陸帯のかごとばかりもあひみてしがな」とあるけれど、その常陸よりも... 古歌に「あづまぢの道の果てなる常陸帯のかごとばかりもあひみてしがな」とあるけれど、その常陸よりも、さらに奥にある土地で育った人、そのような私は、どれほどまで賤しいことであったろう。それなのに、どのように思い始めたことか、世の中に物語というものがあるそうだが、「何とかして読みたい」と思いながら、退屈な昼間や、夜などに、姉や継母などの大人たちが、あの物語だの、この物語だの、さらには『源氏物語』の光源氏のありさまなどを、 ▶あずま路の道の果て 「あづま路の道のはて」は常陸国(今の茨城県の大部分)。この冒頭は「あづま路の道のはてなる常陸帯のかごとばかりもあひ見てしがな」(古今六帖・五 紀友則)を引歌とする。「常陸帯」は男女の縁を決める占いの帯。第三句までは「かこ」(帯の止金)で、「かこ」は「かごと」(口実、言い訳)に展開する。一首は「ほんの申しわけ程度でもよいから、あの人に逢いたいものだ」の意。