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江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書 - Wikipedia
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江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書 - Wikipedia
江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書(えどをしょうしてとうきょうとなすのしょうしょ、旧字体:江戶ヲ稱󠄁シテ... 江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書(えどをしょうしてとうきょうとなすのしょうしょ、旧字体:江戶ヲ稱󠄁シテ東京ト爲スノ詔書)は、1868年9月3日(慶応4年7月17日)に、明治天皇が発した詔勅である。天皇が江戸で政務を執ることを宣言し地名も「東京」と改称することを内容とする。車駕東幸の詔書、東京遷都ノ詔、東京奠都の詔とも呼ばれるが、公式な略称・呼称ではない。 一般の詔書と同様、この詔書にも正式名称はない。便宜的に付された名称は、太政官の編纂による『詔勅録』では「江戸ヲ東京ト改称ノ詔」[1]とし、内閣官報局『法令全書』は目録や索引で「江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書」とし、国立公文書館では件名を「江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔」(一字違い)としている。 また、通称の「東京奠都の詔」は、後年に至って用いられたものと思われる。1940年(昭和15年)に文部省が明治維新の歴史を詳細に記した『概観維新史』(文部省