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秦郁彦 - Wikipedia
山口県防府市生まれ[2][3]。父は広島県広島市の出身で[4][5]、小学生までは郁彦の本籍地も広島の爆心地... 山口県防府市生まれ[2][3]。父は広島県広島市の出身で[4][5]、小学生までは郁彦の本籍地も広島の爆心地にあった[5]。このため自身は広島出身でもあると述べている[5]。父は鉄道省の技術官吏で、九州の宮崎県、出水(鹿児島県)、若松(福岡県北九州市)の順で機関区長をしたため、小学校を5回転校[4]。太平洋戦争中に広島市に引っ越し、原爆投下の一年前に母の実家がある山口県防府市に移った[4][6]。父は戦時中に陸軍司政官としてフィリピン北部のカガヤン州における鉄道建設に従事して終戦の1か月前に戦死した[4][7]。 1951年、山口県多々良学園高校を卒業し、東京大学文科一類入学。進学振分で法学部第3類(政治コース)へ進級。在学中は戦史や、清浦奎吾ら政治家の研究に没頭した。二年次に結核と診断され(後に誤診と判明)一年休学し、巣鴨プリズンに収監中のA級戦犯を含む旧陸海軍軍人百数十人のヒアリングを
2015/08/09 リンク