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かつて日本が放った「風船爆弾」原爆製造のマンハッタン計画への影響は(石田雅彦) - 個人 - Yahoo!ニュース
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かつて日本が放った「風船爆弾」原爆製造のマンハッタン計画への影響は(石田雅彦) - 個人 - Yahoo!ニュース
米国本土上空で白い球形の物体が確認され、中国の偵察用気球ではと話題になっている。中国製だとすれば... 米国本土上空で白い球形の物体が確認され、中国の偵察用気球ではと話題になっている。中国製だとすれば太平洋を飛び越えたわけだが、太平洋戦争中、日本も大量の風船爆弾を作って米国を攻撃しようとした。 登戸研究所で作られた風船爆弾とは 明治大学の生田キャンパスは、旧日本陸軍の登戸研究所(第九陸軍技術研究所)の跡地にある。登戸研究所では、偽札を印刷する経済攪乱戦、諜報活動、防諜スパイ活動、謀略宣伝、占領地での生物兵器の人体実験といった秘密作戦を担当し、戦局が悪化した1943年頃から風船爆弾(ふ号兵器)の製作を担当した。 こうした旧軍の跡地を利用しているせいか、明治大学には平和教育のための平和教育登戸研究所資料館があり、同資料館では何度か登戸研究所に関する企画展が開かれてきた。いわゆる風船爆弾については、同資料館が2015年に開催した「第5回企画展『紙と戦争─登戸研究所と風船爆弾・偽札─』」で詳細が紹介