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【エッセイ】意識高い系は「弱者の視点」を持ち得るか?: キラキラ界隈の「冷や飯食い」として「意識高い系」エコーチェンバーを考える|堀口 英利 | Horiguchi Hidetoshi
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【エッセイ】意識高い系は「弱者の視点」を持ち得るか?: キラキラ界隈の「冷や飯食い」として「意識高い系」エコーチェンバーを考える|堀口 英利 | Horiguchi Hidetoshi
※本稿はもともと所属する「NO YOUTH NO JAPAN」部内での議論を叩き台にしたものです。加筆訂正の上、い... ※本稿はもともと所属する「NO YOUTH NO JAPAN」部内での議論を叩き台にしたものです。加筆訂正の上、いわゆる「意識高い系」全体を考えるエッセイとして投稿します。 はじめにTwitterやInstagramのアカウントでプロフィールに記載しているように、私は「NO YOUTH NO JAPAN」という団体に所属しています。 NO YOUTH NO JAPAN(以下「NYNJ」とします)はU30世代の投票行動や政治参加の促進を企図した団体で、Instagramでの投稿やストーリーの作成を主軸に、選挙ドットコムやForbesでの記事発信、各種イベントへの登壇といった活動を展開しています。あまり好きな言葉ではありませんが、世間ではNYNJのような団体を揶揄と、ともすれば嘲笑を込めて「意識高い系」「キラキラ系」と呼ぶことでしょう。確かに、NYNJはジェンダーや気候変動、BLM(Black
2021/11/11 リンク