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明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか | 福嶋 聡
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明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか | 福嶋 聡
カウンターデモに参加したわけでも、座り込みに参加したわけでもない。書店での、本を媒介しての活動や... カウンターデモに参加したわけでも、座り込みに参加したわけでもない。書店での、本を媒介しての活動や発信は防御壁に囲まれた「安全地帯」からのものに過ぎなかったのではないか? ここまで自分を追い詰めたとき、ぼくは我に返った。 ――本文より 著者はおよそ10年間、「ヘイト本」という現象をめぐって「書店の役割」を自問自答しつづけてきた。書店は「言論のアリーナである」という帰結を見出したと思えたが、葛藤が消えたわけではない。60冊を超える書物から言葉を引きながら、「ヘイト本」をめぐる自問自答の軌跡を披歴。「書店とは何か」――40年以上にわたる葛藤や決意の収斂。書店員という枠を超えた思索の書。 【目次】 Ⅰ 明日、ぼくは店の棚からヘイト本を外せるだろうか 第1章 「アリーナ論」の発端/第2章 『NOヘイト!』フェア顛末記/第3章 「歴史の抹消」の抹消/第4章 歴史修正主義とベストセラー Ⅱ ただ嘆くだけ